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けこぼ坂U介さん

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穴空き財布問答

17/09/30 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:4件 けこぼ坂U介 閲覧数:224

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 人生に悩んで途方に暮れる日々の中、知人の紹介で出会ったのがマドモワゼル・亀子先生である。彼(彼女)は暗い森の中でさまよう子羊を救済する活動をされている。毎日自殺ばかり考えていた、八方塞がりの人生。先生はそこから僕を救い出してくれた恩人である。唯一の問題は、財布であった。

「あのね、荻野くん。お金っていうのはね、束縛すればするほど離れて行っちゃうものなの。いつでも出てっていいよって広い心でいれば、逆に留まるものなのよ」

 そう言って先生は僕の財布の底にジョキジョキとハサミを入れた。生活に困窮し「どうやったらお金が貯まるでしょうか」と質問した時の話だ。当然に財布に入っていた金は全て床に落ちた。四千円くらいあっただろうか。先生はそれを徐に拾い集め、自分のバッグにしまった。「返して」とは言えなかった。有無を言わせぬ迫力が、先生のふくよかな無表情の顔に溢れていた。

「荻野くんに好きな女の子がいたとしてさ。誰にも渡したくない!って思って、地下室に閉じ込めちゃったとするじゃない。そしたら彼女はどうすると思う?」
「きっと、脱出しようとしますね」
「そう、お金も同じなのよ。執着して、閉じ込めたりするから逆に逃げてしまうの」

 分かるような、分からないような話だった。現に僕のお金は先生のバッグの中に逃げてしまった。それとも回り回って、より多額になって戻ってくるとでも言うのだろうか。

 それからの僕の生活は困難を極めた。まず買い物が大変だ。財布に入れると落ちるから、お札を掴んで持って行く。買い物を終えると小銭でお釣りが出る。そのお釣りはどうすべきか。握ったまま家に帰るのか。それともポケットに入れるのか。それでは地下室と変わらない。だから財布に入れた。全てがそのまま床に落ちた。拾うべきか。拾うのは執着だろう。だから無視して店を出た。店員が追いかけてくる。走って逃げた。万引きでもないのに、ひたすら逃げた。涙が出てくる。死にたくなる。どうすればいいのだろう?
 考えた末に出した結論は、レジ横の募金箱に入れることだった。これで穴の空いた財布でのライフスタイルが確立した。しかし別の困難としてあるのは、お金の減りが異常に早いということだ。そもそも僕は貧乏人で貯金が無い。その上、釣銭を全て寄付している。今月は給料日まで十日以上あるのに、手持ちは一万円を切った。亀子先生に再び相談を持ちかけた。

「お金が無いんです」
「今ちょうど風が吹いているの」
「風、ですか」
「お金の風が回り回って、荻野くんのもとに戻りたがってる」
「それはいつ戻ってくるんでしょうか」
「荻野くんがお金に執着してる限り、戻るに戻れないのよ」
「そうなんですか……」

「荻野くんに奥さんがいたとしてさ、他に男を作って出てっちゃったとするじゃない?」
「はい」
「それでそのあと奥さん、男に捨てられて、荻野くんの所に戻りたくなったとする。でも荻野くんは奥さんに執着して『久美子戻ってこい』って家の前に横断幕を掲げてるの」
「それなら嬉しいんじゃないですか」
「嬉しくないわよ!逆に戻りづらいの。お金も同じよ」

 そこまで先生の話を聞いて、僕はお金というのは、女に似ているのではないかと思った。一部の男に人気が集中するように、富も一部に集中する。なるほど僕に寄り付かないわけだ。

 先生に「財布出して」と言われて穴空きの財布を渡した。
「お金、入ってないじゃない」
「入れると落ちてしまうのでポケットに入れてます」
「それじゃダメよ。残りのお金出してみて」
全財産9410円を机の上に出した。先生は無表情でそれを自分のバッグにしまった。
「風が吹いてる。それをすごく感じます」
先生は最後にそう言って立ち去った。そして、二度と連絡が取れなくなった。

 冷蔵庫のモヤシを醤油で炒め、連日食べて凌いだ。先生の教えは守り続け、釣銭は全て募金箱に入れている。その日も47円を募金した。店員の女が何か言いたげにこちらを見ていた。

「あの」
振り返ると店員の女だった。
「以前にここでお金を落とされませんでしたか」
穴空き財布初日に金を落として逃げた店だった。
「ああ、要らないんで、その金、募金箱にでも入れておいてください」
自分で言いながら、少しカッコいいなと思った。
「あ、ありがとうございます」
なぜか女が感謝した。
「あれ、私もボランティアで参加している団体なんです」
そう言えば置いてあった募金箱は犬猫の殺処分ゼロのやつだった。
「そうなんですか。僕も殺処分には心を痛めていたんです」
カッコ付けついでに口から出まかせを言った。

 今度見に来てくださいと、思いがけず女の連絡先をもらった。もしかしたら風がこっちに吹いてるのか。単にタダ働きの誘いだろうか。穴の空いた財布を丁寧に磨き、中にフッと息を吹いた。


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このストーリーに関するコメント

17/10/01 文月めぐ

『穴空き財布問答』拝読いたしました。
なんといっても「亀子先生」という人物が独特ですね。
八方塞がりだった人生に転機が訪れて良かったですね。

17/10/01 けこぼ坂U介

文月めぐさん
コメントありがとうございます。
今回は少しコメディタッチというか、緩い感じで書いてみました。
試行錯誤中ですがそれなりに上手く行ってるとしたら良かったです。

17/11/18 浅月庵

けこぼ坂U介さん

作品拝読させていただきました。
亀子先生がお金を全部バッグにしまった
段階から大笑いしてしまいました!
屁理屈をこねながらどんどんお金を
毟り取っていくやりとりのコミカルさ、
素晴らしいです。
とても好きな作品でした。面白かったです!

17/11/18 けこぼ坂U介

浅月庵さん
コメントありがとうございます。
当初これは禅問答的な難解な話として書き始めたのですが、路線変更してギャグ要素を入れて正解だったなと思います。
励みになります。

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