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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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噤みの群れ

17/09/28 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:4件 野々小花 閲覧数:320

時空モノガタリからの選評

七年前の殺人事件の影に怯え、自らの怖れを一人の転校生に投影しいじめてしまった人々の姿が印象的でした。恐怖や怒りが増幅していく中、それを解消するために誰か他人をターゲットにする魔女裁判的な集団の狂気は、気を付けないと誰でも陥りがちなものなのかもしれませんね。「狭山を見ているようで、本当は違う人間の影を見て」いた彼らはそれを自覚することがなかったのでしょう。過去の経験から自らの潔白を主張せずに口を噤んだ狭山に対し、自らの罪に口を噤む生徒たち、被害者だった町の人々が、今度は加害者になっていくのはやるせない気持ちになります。コミュニケーション不全と疑心暗鬼がはびこる世界では、だれも幸せにはなれないのかもしれないなと、考えさせられる内容でした。

時空モノガタリK

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 あの事件が起ったのは、実咲が小学一年生の頃だった。近所の公園で、バラバラになった女性の遺体が見つかった。二週間後に廃材置き場で、その翌週にはスーパーの駐車場で、同じくバラバラになった遺体が発見された。逮捕されたのは、宇野清和という若い男だった。
 宇野は取り調べで罪を自供した。すでに、裁判で死刑が確定している。あの男が生きてこの町に戻ってくることはないとわかっている。それでもまだ、この町の住人は宇野の影に怯えている。町全体が仄暗い澱のようなものに覆われている気がする。七年が経った今でも、実咲はそんな風に思う。

 校舎裏の木々に鳥の群れがいる。この鳴き声には聞き覚えがある。目を凝らすと胸の斑模様が確認できた。ツグミだ。ツグミは越冬するために、冬になると日本に飛来する。まだ十一月。去年より、今年は少し早い飛来だ。
 十二月になって、実咲のクラスに転校生がやって来た。黒板の前に立つ彼は、中学二年の男子にしては小柄な体格をしている。
「東京、から来ました。狭山、です」
 喉の奥から、やっとしぼり出したような声だった。長い前髪のせいで、その表情を伺い知ることはできない。
 狭山は誰とも馴染もうとしなかった。うつむき加減でいつも背中を丸めて自分の席に座っている。実咲が話しかけても、返事が返ってくることはない。
 年が明けて、一羽のツグミが死んだ。校庭で見つかったツグミの死骸には頭がなかった。三日後に正門で、その翌日には校舎裏で、体の一部が欠損したツグミの死骸が発見された。地方紙の事件欄には「ナイフのようなもので切断された痕」とある。
 県警が捜査班を組んだらしく、学校の周辺では毎日のように警察官を見かけた。町の住人たちは自警団を結成して見回りを徹底している。
「犯人は狭山だ」
 ある日、誰かがそう口にした。
「ツグミの死骸が見つかった場所で、前の日にあいつを見た。だから間違いない」
 また別の誰かが言う。噂はあっという間に広がった。
「お前がやったのか」
 大柄な男子に詰め寄られ、狭山は教室の隅で身体をこわばらせた。それでも何も言わない。何度問い詰めても否定の言葉を口にしない。長い前髪が、不気味にゆらりと揺れた。
「生き物を殺すのが、そんなに楽しいのか」
 胸ぐらを掴まれ、狭山の口から呻き声が漏れる。
「なんて惨い殺しかたなの!」
 教室に金切り声が響く。
「でも、それでも足りなくなるんだろう」
「そうよ。いつか人間相手にやるようになるのよ」
 何人もの生徒が狭山を取り囲み、口々に責める。責めながら、皆の表情は酷く怯えている。狭山を見ているようで、本当は違う人間の影を見ている。
「あの異常者もそうだった」
 実咲の言葉に皆が頷いた。皆の中に、実咲の中に、この町の全ての住人たちの中に、今もまだ宇野清和という男が棲みついている。宇野は犬や猫を虐待していた。動物をいたぶることで自分の欲を満たしていた。それがいつしか、人間に向かうようになったのだ。
 町の人々から、狭山は白い目で見られるようになった。学校では毎日のように惨いイジメが繰り返されている。実咲は見て見ぬふりをした。もう、狭山に話しかけることもない。
 彼に対する暴力的行為は、日に日に度を増していった。そしてある日、狭山は姿を消した。
「狭山がどこへ行ったのか。君たちは、本当に何も知らないんだな」 
 担任の教師が実咲たちに問いかける。問いかけというよりは、そうであって欲しいという懇願に近い。もしかしたらイジメに気づいていたのかもしれない。
 数日後、地方紙に「ツグミの連続残酷死、犯人はアライグマと断定」という記事が載った。アライグマはまれに狂暴化することがある。これまでにも、動物を襲った例があるという。
 獣医師による鑑定で、死骸に歯の痕が確認された。アライグマの犬歯で噛まれると、刃物で切られたようになるらしい。捜査班もすでに解散しているという。
 
 冬が終わり、ツグミは繁殖のために海を渡った。鳴き声は、もう聞こえない。
 狭山は前の学校でもイジメに遭っていたという。きっかけは給食費が盗まれたことだった。疑いをかけられた狭山は、必死に身の潔白を訴えたという。けれど誰も、彼の言葉を信じなかった。
 担任からその話を聞いて、実咲は自分が今どんな顔をしているのか、何と言葉を返したら良いのか、わからなかった。狭山はあのとき否定しなかった。けれど肯定もしなかった。何も言わず、諦めたようにうつむいていた。
「どこへ行ったんだろうな、狭山は」
 独り言みたいな担任の呟きだった。
 狭山がどこへ行ったのか、どうなったのか、実咲は知っている。クラスの皆も知っている。だけど言わない。決して言わない。実咲たちは酷く重い罪を犯した。だから永遠に、口を噤むことに決めたのだ。



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このストーリーに関するコメント

17/11/04 待井小雨

拝読させていただきました。
恐怖に支配された集団は何をするか分からないですね……。「こいつが犯人に違いない」という意識のもと、どんなことでもしてしまいそうです。
最後の段落で書かれていることが示す事実が予想通りであれば、こんなに恐ろしいことはないと思います。
疑われても諦めてしまって否定も肯定もしなかった狭山くんが悲しいです。

17/11/06 野々小花

待井小雨さま

読んでいただきありがとうございます。
最後のところは、予想していただいた通りです。狭山には救いがなくなってしまいましたが、作者として一番納得のいくラストを書くことができました。
コメントとても嬉しかったです。ありがとうございました!

17/11/14 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
七年前の悲劇が生んだ新たな悲劇。事件の影に怯えていた被害者だったはずの町の人々が加害者になり、一人の男子中学生を……
息苦しく、悲しく、やるせないです。
ちゃんとコミュニケーションができていたら…… でも、前の学校での狭山君の境遇を思えば、彼の応対は無理からぬことだと思います。
恐怖から間違った方向へ働いてしまった集団心理が恐ろしいです。
描写が丁寧に積み上げられていて、「ツグミ」と「噤み」の言葉の掛け合い・情景的効果にも感嘆しました。
圧巻の秀作でした!

17/11/20 野々小花

コメントありがとうございます。
書きたい気持ちが先走り、いろいろ詰め込み過ぎたのかなぁと思っていたのですが、ありがたいことに入賞することができました。
とても丁寧にお読みいただき、うれしい気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!

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