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向本果乃子さん

性別 女性
将来の夢
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月が見ている

17/09/28 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 向本果乃子 閲覧数:259

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深夜、暗い部屋にスマホの画面が光る。見ているのは自殺志願者が集うサイト。苦しまない方法を教えてくださいとか、電車に飛び込んだら後始末ですごいお金が親に請求されるって本当ですかとか毎日のように書きこまれる。この中でほんとに死んじゃう人はどれくらい?ここに書いて気が晴れる人がほとんどなんだろうな。死にたいくらい辛いってことを誰かに言って、できれば心配してほしい。そんな寂しい人が溢れてる。でも、それも仕方ない。生きるのは大変だし孤独だ。具体的な理由がなくたって死にたくなることもある。未来に希望がなく、進学する意味も生きてる意味もわかんないとか。あ、それ私か。

「今日これから〇〇公園で死にます」

新しく投稿されたその書き込みが気になったのは、そこが自転車で行けばすぐの近所の公園と同じ名前だったから。でも同じ名前の公園はいくつもあるだろうし、そこだとは限らない。もしそこだったとしても、こんな書き込み本気なわけがない。本当に死ぬ気なら場所まで書かないはず。きっと誰かに止めてほしくて、止めに来てくれるか試してみたくてこんな書き込みしたんだろう。

私は部屋着を脱いでコットンのワンピースを頭から被ると、誰も帰って来ない無駄に広い家を出た。自転車を漕ぎだすとワンピースの裾が邪魔だったけど、寝転がるのにぴったりな漫画みたいな三日月が見えたから、気分がよくなって立ちこぎをした。

その公園には木々とベンチがあるだけで遊具は一切ない。まるで小さい林みたいだ。自転車を停めて暗い園内を覗く。やばい人がいっぱい集まりそうな公園だった。ヤクの売人とか、レイプ魔とか、自殺志願者のふりをした人とか。節電のためか怠慢か、ほとんどの街灯がついていない。暗い園内をじっと見ていたら、まるで見たこともない世界、たとえばチェシャ猫やトランプの女王がいる、たとえばホビットやゴラムがいる、そんな世界にも見えてきて嬉しくなった。

「あの、書き込みした方、ですか?」

突然男の声がしてびくっとする。
振り返ると、目が隠れるほど長く前髪の伸びた同年代くらいの痩せた男が背を丸めて立っていた。
「だったらなに?」
なぜかそんなことを言ってしまう。
「ぼ、僕も一緒に死んでもいいですか?」
愛の告白でもするように彼は言った。
「…首吊りでいい?」
私は公園の木々を指さして聞き、返事を待たずにズンズン中へ入っていく。彼もついてくる。
「うわっ」
背後で倒れる音。
「どうしたの?」
床に転がった彼が膝をこすりながら何かを拾いあげる。
「これに躓いて」
暗闇で目をこらすと、それは分厚く膨らんだ財布だった。街灯の下でよく見れば、ひどく高そうな皮財布に一万円札がぎっしり詰っている。
「け、警察に」と彼。
「今から死ぬっていうのに優等生だね」
「でも」
「まともな人の財布には見えないよ。ヤクの売人のだったりして」
「な、何か事件…」
「財布の持ち主が殺されたとか?」
「早くここから出たほうが」
「何に怯えてるの?どうせ死ぬのに」
息を呑む彼。
「死ぬ前に豪遊でもする?」
「い、いえ、僕はいいです。あなたがそのお金で何か解決できるなら」
「できない」即答する。
「うち、お金だけはあるの。お金以外何もないけど。だからこれは君にあげる」
「でも僕は…こんな自分がこんな世界で生きていく意味がわかんないだけだから」
私は空を見上げる。そこには世界を隅々まで照らし出したりしない、おぼろな光を放つ月の姿。
君はまるで私だね。
「みんな、わからないまま生きてるんじゃない?」
彼が俯く。なんだろう、沸きあがるこの感情。私は彼の見えない目をじっと見て言った。
「ねえ、君や私の頭にできあがってる偏狭でつまらない世界と未来をぶち壊すようなお金の使い道考えよう」
旅に出る?整形する?途上国で井戸掘る?財団作る?違う、もっと今あるものから自由な何か…と焦燥を覚える私に彼が遠慮がちに言う。
「そこまでの金額じゃ…」
彼を睨んで言い放つ。
「まずはギャンブルか投資で資金を増やす!」

決めつけていたどうせな世界と未来と自分を疑う。情報にのまれて自ら嵌めた枷を外す。誰かのいいね!はいらない。
「このお金使いきるまで死ぬのは延期ね」
自分の声を信じるのは怖いし生きるのってやっぱり孤独。でも世界は自分で何度でも塗り直せると気づいたら、少し呼吸は楽になるかも。それに気づくために私たちは出会って、この財布を拾ったのかもしれないよ。だってなぜだか私にはもう世界が少し違う色に見える。

「まずは明日、君の視界を塞ぐその前髪をばっさり切りに行こう!」
戸惑う彼と興奮する私を照らすのは曖昧で優しい月の光。
朝が来たら、月明かりの下のこの興奮は消えてしまうのかな。
どうか昼間の空にも、薄く掠れた月がぼんやりと見えますように。私は小さな声で祈る。


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