1. トップページ
  2. 私は財布

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

2

私は財布

17/09/27 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:377

時空モノガタリからの選評

どこにでもありそうな場末の食堂や居酒屋を舞台に、そこに漂うざらっとした手触りと独特な雰囲気が魅力的だと思います。財布を体現するシュールなキャラクターの男が、ドメスティックな空気感に不思議とうまく溶け込んでいると思います。私と男の間には、友情のような雰囲気が漂っていただけに、ラストの私の行動は意表をつかれました。発作的に欲につられて行動してしまい、思ったような金銭が得られない結末は悲しいですね。友達としてつきあっていたら、彼はもっとおごってくれたのではないでしょうか。悲しい結末の中にも、欲得のない財布男のやさしさと強さが最後まで貫かれていて、優しく穏やかな読後感が残りました。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 よくまあこんなしょぼい店があったものだと思えるような、それはひどくみすぼらしい食堂だった。汚れて黒ずんだテーブル四席にそれぞれ一人づつ着いて、黙々とたべている客たちの姿はそろいもそろってこの店にあわせたようにみすぼらしく、そういう私もまた、労働で疲弊したからだでかつがつ夕食をほおばっていた。
「ごちそうさん」
 先客の男が、厨房内の親父に勘定をもとめた。
「五百円です」
 財布でもとりだすかと思っていたら、いきなり男は口をおさえて咳をした。
「まいどあり」
 男の手から、五百円玉が親父の目のまえに落ちるのがみえた。
 その五百円玉は、男が一度も口から離さなかった手から落ちた。
 私は男がでていくのをまって、親父にたずねた。
「いまの客、よくくるの」
「ほぼ、毎日」
「彼、手品師」
 からかわれているとでも思ったのか親父は、あとは黙って食器を洗いだした。
 翌日私は仕事をおえると、きのうと同じ時刻に、再び食堂にいった。
 男は同じテーブルに腰かけていた。
 いそいで私がたべはじめるとまもなく、彼はイスから立った。
「まいどあり。五百円です」
 男は、そりかえらせた背筋を、前に傾けた。床に落ちる音がして、足下にころがってきた硬貨を私は拾いあげた。
「すみません」
 男は、私がさしだした五百円をうけとった。
 私は、ご飯を残したまま、彼を追って店を出た。
 二人がおなじ方向に歩きだすのをみて彼は、親しげ笑いかけてきた。ひとつの見栄も張れっこない身分の気安さもお互いあったのだと思う。
「いつもあの店で食事を」
「このひと月、ずっと」
「いまどき珍しい食堂ですね」
「我々でもっているようなもんですよ」
 二人は顔をみあわせ、笑いあった。
 30分後、どちらともなく誘いあわせて二人は、居酒屋のカウンターで酒をのみかわしていた。
 彼はよくのむ。たちまち空の徳利が何本もならんだ。
 私は、頃合いをみはからって、胸にわだかまっていたことをきりだした。
「あの五百円は、どこから出てきたのですか」
 意外にあっさり、彼は答えた。
「かくすつもりはありません。ただ、あなたが信じられるかどうかは、疑わしいですが」
 一呼吸おいて、彼はいった。
「私は、財布なのです。ああ、誰かの腰巾着という意味ではありませんので、念のため」
「では、どういう意味ですか」
「もじどおり、財布です」
「お金のはいった」
「そうです。食堂でごらんになったのでしょう、私が口から金を吐きだすのを。私は財布です」
「あなたは財布で、財布のように、その体にはお金がはいっているということですか」
「そのとおり」
 だったらもっと高級な店で、豪華な食事もとれるだろうし、そんなみすぼらしい身なりをすることもないだろうに。
 言葉にだしたつもりはないのに、すぐに彼は返事した。
「金は、必要な分しかでません。私はべつに、豪遊などしたくないし、こびかびかの高級服など、着たいとも思わないのです」
「あの小汚い食堂が、分相応だとおっしゃるのですか―――しかし今夜は、ちょっとした出費ですよ」
 私は大忙しの店員のおかげでほったらかしにされてる徳利に目をやった。
「これは無駄な贅沢ではありません。あなたとのみたいと、本心から思ったのですから。………しかしちょっとのみすきかな。そろそろ、いきますか」
 私はうなずき、ポケットに手をいれるふりをした。そのみえすいたふるまいにも、彼は手をふってさえぎり、店員にもってこさせた勘定書きをひったくった。
 彼は、ふらつく頭をしゃんとするなり、しゃっくりでもするように二度三度、首を縦にふった。直後にまるで大当たりのスロットマシンのように、あけた口から硬貨がながれおちてくるのを、巧みに彼は両手でうけとめた。
 私たちは店をでて、あるきだした。道は暗かった。酩酊している彼に肩を貸しながらあるいていると、そのうち材木置き場にさしかかった。気がついたときには私は、材木置き場の裏手に彼を連れ込み、押し倒しざまちからまかせにその首をしめていた。その時の私には、彼の全身すべてに金が詰まっているように思えてならなかった。
 うごかなくなった彼を地面によこたえると、私はその口をこじあけた。いくらかのコインこそころがりでたものの、あとはゆさぶろうがなにをしようが、もはや一円玉一個、でてくる気配はなかった。
 私は彼からでてきた五百円玉をかきあつめた。数万円はあるかもしれない。私がなおもコインを数えていると、消えゆく意識を一度だけゆりさましたのか彼が、欲得のない穏やかなまなざしをこちらにむけていった。
「私の葬儀代です、よろしく」
 財布の底は、すでにすっかりはたかれていた。



コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/11/23 光石七

こちらの作品も入賞おめでとうございます!
人間が文字通り財布、まずその発想がすごいと思いました。
金は必要な分しか出ない、贅沢など興味がないと言う彼の穏やかさ、そして最後の言葉に聖人めいたものを感じました。
主人公の後悔は相当なものでしょうね。ですが、主人公の悲しさと虚しさをも彼の穏やかな優しさが包んでいるようで、切ないけれども温かい、そんな読後感でした。
面白かったです!

17/11/27 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。
この作品は案外すなおにかけました。じぶんのこれまでの作品に共通している空気とでもいうものが、自然と出てくれたからかもしれません。それも、これまで書き続けてきたなかから生まれてきたもので、ふりかえってはじめて、あ、そうかといえる何かです。
書き続けること――わたしにはそれしかありません。

ログイン