1. トップページ
  2. すりとった財布

W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

投稿済みの作品

2

すりとった財布

17/09/26 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:376

時空モノガタリからの選評

ある財布をすってから、次々と悪いことが起こりつづける展開がテンポよく書かれていて読みやすかったです。まわりまわって自分が盗まれる側に回り、最初の場面がリフレインされるというループ的な構成は、深いテーマ性のある作品にはあまり向かないかもしれませんが、エンターテイメント性を重視したいときには、やはり有用なのだろうと思います。これで彼も盗みをやめることになるとよいのですが。全体として特に教訓めいた内容があるわけではないのですが、テンポが良く、流暢な文章で、ついつい引き込まれました。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 男はあまりにも無防備だった。そのためスリ健こと久保健介は、狙いはさだめたもののいっとき躊躇した。
 混雑する車内で、つり革にぶらさがるひとりの中年男の胸ポケットにさしこまれた長財布。駅からのりこむさい健介は、はだけた上着のすきまにのぞくそれを、しっかり目に焼き付けた。ダークブラウンの、札がつまっていそうな上物だった。
 男は、何か考え事でもあるのか、乗車してからというものどこか上の空で、視線は宙を泳いでいた。電車専門のスリをつづけて30年、ありとあらゆる状況のなかから他人の財布を失敬してきた健介にとって、こうまですきだらけの男を相手にするのははじめてのことだった。
 男の周囲に視線をめぐらしてみた。夜7時すぎ、帰宅途中の男女が、座席にまた彼のならびにも大勢いたが、そのなかに私服警官がまぎれこんでいる気配は感じられなかった。
 いつまでもためらってはいられない。スリ健は乗客の間をすりぬけながら、男のそばまでちかづいていった。そして電車の揺れを利用して相手に身をすりよせると、一瞬後には離れていた。
 つぎの駅で下車し、トイレで長財布の中身をあらためた。万札で3枚。彼は舌うちした。りっぱな財布にしては額が少なすぎた。空の財布をトイレのごみ容器にすてかけたとき、利用者が一人はいってきて、財布はそのままポケットにねじこんだ。
 一仕事おえた息抜きにと、いつものことですりとった金のすべてをはたいて買った馬券は、もののみごとにはずれた。もう一丁と、有り金すべてをつぎこんで買った馬券も、やはりはずれた。
「ついてねえや」
 競馬場前の路上で、はらいせに小石を蹴った。石は、びゅっとうなりをたててとんでいき、こちらにむかってあるいてきた高齢者の男性の顔面に当った。
 男性は顔をおさえてその場にうずくまった。うしろにいた中年女性がおどろいて男性にかけより、
「お父さん」
 父親の手をそっとはがすと、眼鏡がずれおち、目は血でぬれていた。
「なんてことするのですか」
 まわりから人があつまってきて、ここは謝る一手だった。
「どこか病院へ」
「すぐ、タクシーよんでください」
 いわれるままにタクシーをよび、彼女が指定した病院へ直行した。負傷個所はさいわいにも瞼だけだったが、割れた眼鏡のレンズが7万以上するとかで、いそいで健介は、コンビニにはしり、治療費とあわせて現金10万をわたして、あとくされのないよう一筆書いてもらった。
 自宅のあるマンションにかえると、先日の夜、ホテルにつれこんだいきづれの女が玄関にまっていた。横に丸刈りの男がたっていて、すごみのある目でこちらをにらみつけている。
「俺の女によくも手をだしたな」
 女は美人局だったのかと、悔いたときにはおそかった。明日銀行で15万円ふりこむよう男から念をおされ、とりあえずは二人に帰ってもらった。
「まったく、ついてねえな」
 ついてないことは翌日もつづいた。店で食べた揚げ物が痛んでいたようで、帰路、猛烈な腹痛におそわれ、ちかくに公園もなく、まさか交番にかけこむわけにもいかずやむにやまれず、留守とおもわれる家にあがりこみ、トイレで用をたしていると、隣人がさわぎだしたものだから、健介はあわてて裏口からにげだした。
 こいつをすってから、ろくなことがない。健介は毒づきながら路地裏で長財布をすてると、そのまま通りに出てあるきだした。
「もし」
 警官によびとめられて、健介はきょっとなった。
「なにか」
「これをおとされましたよ」
 と警官は、彼がすてた長財布をさしだした。かしこまって健介はそれをうけとった。このときうけた衝撃の強さははかりしれず、彼はその後財布を捨てることができなくなってしまった。
 翌日健介ははしってきた自転車にぶつかられ、ころんでしたたか肩をうちつけた。相手が病院へとうながすも、身分がばれるおそろしさに健介は、なんでもないと痛みをこらえて笑って立ち去った。また居酒屋でのんでいると、人相のよくない男にからまれ、店からつれだされて現金をゆすりとられた。似たような出来事はそれからもなんども健介をみまった。
 運命がわるいほうへわるいほうへところがりだしたのは、やはりこの財布をもってからのことだ。この疫病神をはやいとこなんとかしなければ………。考えたすえに健介は、ある日、こみあった電車のなかに乗りこんだ。
 胸の財布が一目につくよう、わざとらしく上着をはだけた。しばらくして、同業者らしい目つきのするどい男がちかづいてくるのがわかった。財布の中身にしのびこませた万札の匂いにひきつけられたのにちがいない。
 健介はあらぬ方をみやりながら、男が財布をすってくれるのを、いまかいまかとまちのぞんだ。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/11/21 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
次々と起こる不幸がテンポよく描かれ、冒頭の財布の持ち主が無防備に財布を晒していた理由と今後も続くであろう不幸の連鎖とループが見えるラストが素晴らしかったです。
面白いお話をありがとうございます!

17/11/23 W・アーム・スープレックス

ありがとうございます。
財布をあたらしくするとお金が入ると、よく家のものからきかされていて、それでは人からすった財布は不幸がころがりこむとにしようときめて、この作品かできました。自分も最近新しい財布を買ったばかりで、入賞できたのも、そのおかげならうれしいのですが。

ログイン