1. トップページ
  2. 魔法の切れた麦茶

ケイジロウさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

魔法の切れた麦茶

17/09/25 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:129

この作品を評価する

 いつも通りどこかでは悲惨な事件が起こっているに違いなかったが、三郎にとってはそんなことどうでもよいことであった。目をあげると今日中に収穫するレタスが永遠に並んでいるのであった。
「おーい、一服するぞー」
 遠くの方からのオヤジさんのしゃがれた声が、自動操縦化していた三郎の手を停めた。三郎は収穫用のナイフを鞘に収めると、他のバイトたちとともに、オヤジさんやオフクロさんのもとに向かった。
 オフクロさんがキンキンに冷えた麦茶をみんなにせかせかと配った。三郎は煙草に火をつけ、麦茶をゴクゴクと一気に飲み干した。するとオフクロさんがせかせかと三郎のコップを奪い、新たな麦茶を黙って三郎の前に置いた。
「麦茶ってこんなにうまかったでしたっけ?」
 三郎がそう言うと、オフクロさんがニカーと微笑み、オヤジさんが大げさに笑った。隣の畑でも収穫を中断して一服していた。彼らに聞かせるかのようにオヤジさんは大げさに笑った。
「おい三郎くん、知ってるか、この麦茶はな、高級品なんだぞ」
「なに言ってんのよ、全く、ウソばっか」
 オフクロさんがしゃがれた声で黄色い声を作った。オヤジさんは更に大きな声で笑った。隣の畑の人たちは疲れ切っている様子だった。
「隣のレタス、ちっちぇーな」
 オフクロさんが週刊誌的に言った。
「ありゃーちっちぇーや、あんなんじゃカネになんねぇや」
 オヤジさんは愉快でたまらないようだった。
「おい三郎くん、知ってるか、隣が凶作だと、ウチの値が上んだぞ」
「そうなんですか」
「そりゃそうさ」
 オヤジさんはせんべいをぼりぼりと豪快に食べながら言った。三郎は隣の畑の人たちを見た。あまり高級そうな麦茶を飲んでいるようには見えなかった。
「おい三郎くん、知ってるか、世界中のレタスが凶作で、ウチだけ豊作だとすっぺよ、」
「そんこと、ねーよ」
 オフクロさんは否定するが、ダイヤモンドの指輪かなんかが頭にちらついているようだった。
「一玉、10万くらいになんだぞ」
 オヤジさんの頭にはベンツあたりがちらついているようだった。
 宝くじで1万回連続で億を出すより確率は低そうだったが、この永遠の収穫を毎日毎日行うには、よだれが出るようなドラッグも必要なのかもしれない、と三郎は思うのであった。
 ラジオからは、子どもが親にバラバラにされた挙句、裏山に捨てられた事件がBGMのように流れていた。
「ひでー事件だ」
 オヤジさんは眉間にしわを寄せてみるものの、せんべいは相変わらずボロボロこぼれだしていた。
「こんなんばっかだよ、まったく」
 オフクロさんも悲しそうな顔を作るものの、誰かのコップがあくとすぐに麦茶を満たすのであった。
「おい三郎くん、知ってるか、世界中で悲惨な事件で溢れかえって、この集落だけ平和だとすっぺよ、」
 オフクロさんは、今回は、否定しない。あたかも当然かのように。
「オレらの幸せは1000倍くらいになんだぞ、ははは」
 三郎はこの生々しいエグイ考え方に流されないようにもがきたいものの、そのまま流されてしまいたい自分の存在も認めざるを得ないのであった。しかし、三郎は議論を試みようと、新たな煙草に火をつけた。
「オヤジさん、もし、世界中のレタスが豊作だったら、みんなが幸せになるんじゃないですか」
「それはありえない」
 オヤジさんは三郎に顔を近づけて断言した。
「なんでですか」
「オレは経済の話はよくわからねぇけど、レタスが増えすぎるとダメみたいだ」
「……」
「レタスの価値がなくなっちゃうらしい。でもそうなる前に、捨てるんだけどな。エライ人が決めたんだか、自然の原理なのかよくわからんその価値とやらを死守するために。オレらが手間暇かけて育てたレタスを捨てるんだ」
 オヤジさんの目に怒りの色がちらついた。
「人工的にだな、凶作を作り出すんだ」
「捨てなきゃいいじゃないですか」
「そんなことしたら、村八分だ、いやグローバル八分、かな」
 本末転倒ではないか、三郎は魔法の切れた麦茶をすすりながら思った。世界中のレタス農家が各々の豊作を願うものの、みんなが豊作だと困ってしまう。できれば、他は凶作であってほしいと心のどこかで願っている。
「おい三郎くん、知ってるか、古今東西、三面記事は好んで読まれる。特に事件性があるもの。普通の人じゃ思いつかないような残虐で悲惨な事件ものは特に好んで読まれる」
「それが、なにか……」
「ははは、三郎くん、そんな難しい顔すんなよ。つまり、そういうことなんだな。隠したくなるほど恥ずかしい部分だけど、それが人間なんだな。凶作があるから豊作があるんだな。陰があるから陽があるんだな」
 三郎はぬるくなった麦茶をすすった。魔法はとうに切れていたが、麦の香ばしい味が深く三郎の口の中に壮大に広がるのであった。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス