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蒼樹里緒さん

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性別 女性
将来の夢
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形無き財産

17/09/25 コンテスト(テーマ):第145回 時空モノガタリ文学賞 【 財布 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:152

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 旅の醍醐味、その二。訪れた地域で買い物をすること。特に、工芸品や地元の食材など、その街でしか買えない特産品を見て回るのも楽しみのひとつです。
 荷物の整理もそこそこに、姉は私を早速観光へと連れ出しました。旅行鞄の鍵をなくし、つい先ほど錠を壊してこじ開けたばかりとは思えないほどの、満面の笑みで。
「いやー、財布は鞄に入れてなくてよかったわ。買い物すらろくにできなくなるとこだった」
「まったくですよ。あまりハラハラさせないでくださいね」
「悪かったってば」
「せっかくですし、姉さんの新しい鞄も買いましょう」
 賛成、と同意する姉の笑顔は、太陽よりも眩しく見えました。現金なものです。
 商店の建ち並ぶ大通りは、そこかしこから威勢の良い呼び込みの声も響いてきます。行き交う人波も絶えないので、きっと普段から活気のある場所なのでしょう。荒れていて治安の悪い地区もあるから気をつけるように、と宿屋の女将さんからご忠告を受けてはいますが、今のところは大きな問題も起きていません。
 石畳をのんびりと踏みしめながら、景色も堪能します。小魚のような雲がまばらに浮かぶ晴天の下、青果店や飲食店から漂うおいしそうな匂いも、爽やかな風に運ばれてきました。
「おっ。この店、いい感じじゃない?」
 姉がふと足を止めました。民族衣装や雑貨などを販売しているお店のようです。鞄も色々な種類が展示されています。
 入ろうとしたとき、どんっ、と私は横から軽くぶつかられました。
「あ、ごめんなさい」
 振り返れば、小柄な男の子がすぐに謝ってくれました。短い髪はぼさぼさで、服の布地がところどころ破けて薄汚れているのが、少し気になります。こう評してはなんですが、見る人が見ればみすぼらしいとも感じるのではないでしょうか。
 私も微笑んで答えました。
「いいえ、人も多いですものね。どうぞお気をつけて」
「はい、それじゃ」
「ちょっと待ちな」
 険を含んだ声で、姉が男の子を呼び止めます。足早に近づくと、彼の片腕を捻り上げました。
「いてッ!」
「姉さんッ?」
「これ、あたしのかわいい妹の財布よね」
 私は、二重の意味で驚いてしまいました。男の子の手には、確かに私の財布がしっかりと握られています。ぶつかってきたときに、スカートのポケットから抜き取ったのでしょうか。
 姉はすぐに財布を取り返し、私の胸元にぽんと押しつけます。男の子をきつく睨んだままで。
「白昼堂々、他人様の財布を盗もうだなんていい度胸ね」
「放せよ、おれには病気のばあちゃんが待ってるんだ!」
「泥棒の家庭事情なんか、知ったこっちゃないわよ。あたしはあいにく妹みたいに優しくないから、同情が通用すると思わないでよね。反省しな、クソガキ!」
「姉さん、落ち着いてください。お店の方にもご迷惑になりますし」
「あんたもちょっとは怒りなさいよ、自分のお金が盗られるとこだったのよッ」
 姉が私にまくし立てたことで、拘束が多少緩んだのでしょう。男の子は姉の手をバッと振り払い、一目散に走り去ってしまいました。
「あー、逃げられた!」
 ダンッ、と姉は悔しげに足を踏み鳴らします。
「警察に突き出したかったのにッ」
「姉さんは、子ども相手にも短気すぎますよ」
「だってさー。あいつ、絶対初犯じゃないわよ。観光客を狙ったスリだろうし」
「まあ、その可能性は否定しませんけれどね」
 不満げにむくれて口を尖らせるのも、子どもの頃からの姉の癖です。
 日頃よくある光景なのか、周りの人々もあの男の子を追うことはなさりません。あぁまたか、と言いたげな苦笑いも浮かべておられました。
 胸に抱いたままの財布、その表面を撫でながら、私は感謝します。
「ですが、気づいてくれてありがとうございます。この財布も、大切なもののひとつですから」
 姉が私の誕生日に贈ってくれた、茶色い革製の二つ折り財布。姉の誕生日を祝ったり、おいしいものやかわいい服を買ったり、旅費として稼いだりしたお金を入れるために、長年使い続けているのでした。
 けれど、この中に詰めるのはいつだって、お金だけではありません。
「あんたって、ほんと物持ちがいいわよね。そこまで気に入ってくれてると、お姉ちゃんもうれしいけど」
「姉さんが、あらゆるものを何かとすぐに壊してしまうだけのことだと思います」
「えっ、それは言いすぎじゃない?」
「鞄の錠の件を経験したばかりでは、説得力に欠けますよ」
「ただ力があり余ってるだけだってばー」
 叱られた子どものように、姉はしゅんと項垂れます。男の子を捕まえた気の強さはどこへやら。
 私はくすりと笑みをこぼし、改めて店内を眺めるのでした。

 この機に、姉は財布も新調するのかもしれません。自分よりも私を優先した買い物をするための。


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