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けこぼ坂U介さん

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アウトサイダー堕落論

17/09/25 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 けこぼ坂U介 閲覧数:133

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 警ら中の警官二人が、ハハッと同時に笑い声を上げた。深夜二時。街灯に照らされて中年の男がポツンと立っている。下は何も穿いておらず、下半身が丸出しだった。「マル精ですかね」と言いながら、運転していた若い巡査がパトカーを停めた。
「どうしたの? そんな格好じゃ風邪ひくよー」
警官に囲まれた男は逃げる素振りも見せず、じっと前を見つめたままだ。
「とりあえずパトカーで話聞こうか」
年長の警官が男の肩に手を回す。そして横顔を見て驚いた。
「え、泣いてる?」

「三十七歳ね。私と同じ年じゃない」
取調室で警官二人と男が向かい合っている。免許証を見ながら、年長の警官が話を続けた。
「荻野さんさ、さっき下半身出してたでしょ。何で出してたかって、私たちその理由が知りたいのよ」
荻野はパトカーの中でも、署内に入っても、ずっと黙したままだった。じっと前を見て、時おり思い出したように涙をこぼした。
「公然猥褻罪って知ってるよね。場合によっては逮捕しないといけないんだけどさ。でも今回、被害者もいないし、前科も無いみたいだから。理由だけ聞かせてもらいたいのよ」
警官が荻野の目を覗き込んで、小さく首を振った。
「ちょっと調べてみてくれる?」
隣の若い巡査に免許証を渡す。巡査が部屋から出て行くと、荻野が急に話し始めた。
「高層ビルの窓から飛び降りた男がいるんです」
「え?」と警官が声をあげた。驚く彼を無視して、荻野が続ける。
「けれど路面に落ちなくて、途中の街路樹に引っかかってしまった。路面に落ちていたら、道行く人がすぐに気づいたはずなんです。でも少し音がしただけだから、誰にも気づかれなかった」
「ちょっと待って。何の話をしてるの?」
「枝で串刺しになって苦しいのですが、死ぬほどではない。やがてそのまま夏が終わり、秋になった。男は死なないままです。冬になって葉が全て枯れ落ちて、ようやく下から、通行人から男の姿が見えるようになった。けれど誰も気にも留めない。やがて男は、自分が本当に生きているのか疑い始めた」
しばらくの沈黙の後、警官は腕を組み、うーんと唸り声を上げた。
「つまり僕は今、そういう状態だということです。落ちるに落ち切らず。死ぬに死に切らず」
「ああ」と警官が何か分かったように頷いて言う。
「それで落ち切ろうと思って、あそこを出したのね」
外に出ていた巡査が戻ってきた。目立った通院歴が見当たらなかったことを、年長の警官に小声で伝えた。
「今、動機を供述してくれてたところなのよ。で? 荻野さん」
「……この世には一つの大きなシステムがあって、どうも僕はその埒外にいるんじゃないかと子どもの頃から思っていました。システムの外で生きていたい人もいるでしょうが、僕は中に入りたかった。地面に落ちるとか、露出をするのがその」
分かった分かった、という顔をして、年長の警官が巡査に目配せした。
「君はシステムの中にいるんだよ。だからこうして逮捕されるの」

 今日はいい天気だな、と荻野は屋上で空を見上げて思った。飛び降りるのに丁度いい曇天だ。怖くて高層ビルとはいかず、近所の五階建ての古びた団地を選んだ。道路に面していて、それなりに通行人がいるのも良かった。結局、願った実刑にはならず、中途半端なままだった。「ガキみたいな事を言って」と警官に陰口を言われ、思い出したくない事がまた一つ増えた。フェンスを越え、下を覗き込む。落下地点に誰もいないのを確認する。不思議と涙はもう出てこなかった。
 飛び降りる瞬間、しまった、と思った。自転車に乗った幼児が急に物陰から落下地点に出てきた。慌てて体を捻り空中で体勢を変えた。その結果、路面に落ちる前に庇に引っかかった。そしてそのまま転がるように路面に勢いよく衝突した。幼児は荻野に当たらなかったが、驚いて自転車ごと倒れて怪我をした。通行人が幾人か駆けつけて、転んだ幼児を庇った。荻野はホッとしながらも、またか、と思った。年老いた男が一人、荻野のもとに歩いてきた。
「あんた、大丈夫か?」と男は言った。
「ありがとうございます」と涙を流し、荻野はそのまま事切れた。


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