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与井杏汰さん

突然思い立って短編小説を書いてみたくなりました。このサイトを知って、うれしく思います。

性別 男性
将来の夢 そこそこの健康と、そこそこの自由。
座右の銘 病は気から。

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ハイジャック・ヒーロー

17/09/23 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 与井杏汰 閲覧数:133

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 「機長に言え。この機は乗っ取った」
ナイフを首元に突き付けられたCAは、ゆっくり通路を前に進み通話機を手に取ると機長に状況を伝えた。

「アジアスター航空でハイジャック」の一報は、管制官、警察、マスコミと瞬時に伝えられ、すぐに国民の知るところとなった。テレビ各社は午後の生番組で速報を伝え、乗客が撮影し機内wifiで送信した画像に騒然となった。

 「犯人は単独か?」
緊急招集された対策本部で指揮を執る高橋本部長が言った。
 「まだ不明ですが、犯人によると乗客に紛れてプラスチック爆弾を持った仲間がいるとのこと」
 「判明した凶器は今のところナイフのみ。おそらく金属探知機を抜けるセラミックでしょう」
 「犯人の要求は?」
 「昨年の地下鉄爆破事件の犯人釈放、それと犯行グループ自らの国外脱出。行き先は…スワンガ共和国です」

これは難題だ。先の地下鉄爆破事件は、東京で多数の死傷者を出した。背景に国際的な宗教テロ組織がおり、政府も同関連テロとして対策を強化した矢先だった。逃亡先も近年独立した東南アジアの小国だが、同組織への関与が噂されている国だ。今回の便は国内線だが、燃料を満タンにすれば、スワンガまで到達できる。

その頃、機内では犯人にほど近い前方座席で、50代後半と見られる男が手を挙げた。
 「そこの君。私が身代わりになるから、そのお嬢さんを離しなさい」
一瞬、はっとなった犯人が言う。
 「誰だお前!」
 「元法務大臣で太民党の渡辺だ」
横で秘書と見られる男が、
 「先生、何言うんですか!」
と止めようとした。
 「面白い。こちらも交渉しやすくなる。まさか政権与党の先生とはな」
その時CAが毅然と言った。
 「お客様を危険にさらすわけにはいきません」
 「君、まだ若いだろ。未来があるんだ。こういう事はおじさんにまかせなさい」
そう言って渡辺は秘書の制止を振り切り、身代わりとなった。

客室マイクをモニターしていた対策本部は騒然となった。よりによって元法務大臣。超法規的措置を依頼してくれと言わんばかりだ。「何考えてるんだ。次の選挙狙いか?」そう嘆く声も聞こえた。
やがて機は当初目的の長崎空港に着陸した。犯人は燃料補給を要求している。
 「燃料は入れるフリだけだ」
高橋は指示した。
 「時間稼ぎして、犯人の身元や共犯者の有無を調べろ」

この頃、乗客内でも単独犯では?という噂が囁かれていた。ところが着陸後、機内でもう1人の男が爆弾らしき物を見せながら次々と乗客全員の目と口を粘着テープで塞いでいった。携帯端末を持っている客からは取り上げた。
 「犯人は2人以上か」
高橋は緊張した。
SATの突入は、相手の人数が読めない場合リスクが高い。
 「犯人が1時間以内に離陸しないと爆破すると言っています」
しかし燃料を給油し、国外逃亡されてはいけない。
 「スワンガは犯人の身柄を引き渡せるのか?」
 「外交ルートで探っていますが、どうも難色を示しているようです」
やはりか。高橋は悩んだ。
相手は燃料給油に必要な時間くらい知っている。
 「SATの到着まであと何時間だ?」
 「長崎空港閉鎖中のため、臨時ヘリポート経由ですが、後1時間程です」
高橋は命じた。
 「燃料給油開始だ」

そして1時間経った。燃料は満タンになり、SATは到着していた。離陸を許可し、万が一上空で機を爆破されると、乗客全員に加えて地上の市民も巻き込まれる。高橋は決断した。
 「SATを後方ドアから突入させ催涙ガスだ」
 「前方ドアの突入隊は即座に犯人を確保。拳銃使用を認めるが、人質を巻き添えにするな」
無理難題にも思えた。彼らが本当に爆薬を持っていれば間に合わないかもしれない。しかし高橋は、より最悪の事態を避けることを考えた。おそらく、これが事態収束のラストチャンスだ。

夕暮れの赤い空を背景に、SATはドアを開錠した。
前方ドアでは突入直後に隊員が犯人の足を撃ち、倒れたところで確保した。後方では催涙ガスにむせびながら犯人が確保された。こちらは偽の爆薬しか所持してなかった。いずれも乗客乗員に怪我は無かった。

空港を出ると、待ち受けた報道陣に囲まれた渡辺は秘書と車に向かった。
 「どういうお気持ちで身代わりになられたんですか?」
記者の質問に、
 「私は政権与党の政治家です。国民の非常事態には最善を尽くすだけです」
と答えると、疲れた顔で車に乗り込んだ。「怪我で入院でも出来たらな」という呟きは、喧噪と堅牢なドアガラスで外の記者には聞こえなかった。

翌朝、朝刊各紙はこぞって事件の一部始終を報じ、渡辺の勇気ある行動をたたえた。一方、この事件は締め切りに間に合わない、この日発売の週刊誌は、派手な見出しを躍らせていた。
 「スクープ 渡辺元法相、禁断のW不倫!」


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