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木偶乃坊之助さん

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人生オワタのボンバーズ

17/09/22 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 木偶乃坊之助 閲覧数:185

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 十何年ぶりかの電話で、出てみると安斎さんだった。僕が学生時代、三軒茶屋のポルノビデオ屋でバイトしていた時の先輩である。辛うじて彼である事は認識できたが、フガフガと何を言っているのか分からない。きっともう歯とかも抜けて無くなってしまったのだろう。髪や髭は伸ばしっぱなしで、ビンテージと称していつも同じ服を着ていた。部屋に遊びに行けば当時から抜けていた歯の隙間から、よくマリファナの煙を吐いていた。それくらい彼はいい加減で、無法者で、そして繊細な人だった。電話口の向こうで彼が泣いているのが分かった。

 数年前。バイト時代以来、久々に安斎さんの姿を見かけたのはユーチューブだった。2ちゃんねるに貼られたリンクを辿って、なんとなく女性専用車両に抗議する男たちの映像を見ていた時である。集団の中にスキンヘッドの男がいて、『抗議乗車中』と書かれたプラカードを掲げていた。よく見るとそれが安斎さんだったのだ。見てはいけないものを見てしまったと、震える手でブラウザを閉じた。僕よりも二十くらい年上で、地下アイドルが大好きだった安斎さん。ロリコンの気はあっても、けして異性にヘイトを向けるような狭量な人間ではなかったはずだ。電話越しに彼の涙声を聞きながら、件の映像が頭の中で流れ続けた。

 午後八時過ぎ、雨が強く降っていた。僕は原付に乗り、急いで三軒茶屋に向かった。電話では何とか彼が、まだ以前の部屋に住んでいて、その部屋から電話をかけているのを聞き取れた。ポンチョの隙間から雨が入り、すぐに全身がずぶ濡れになった。十何年かぶりに、特別親しい訳でもない五十過ぎのおっさんが電話してきた。なぜ僕はすぐに駆けつけているのだろう。雨に打たれながら、自分のお人好しさ加減に鬱になってきた。
 ふと、昔の嫌な事を思い出した。二十代の頃、僕は藤沢に住んでいたメンヘラの女と交際していた。彼女は夜中の熟睡中とか、台風の日とか、僕が最も嫌がるタイミングで自殺企図の連絡をしてきた。その都度僕はバイクを飛ばして彼女に会いに行った。本当は死ぬ気なんてないのを理解しつつも、あとで後悔するよりはと急いで駆けつけたのである。やがてあっさりと彼女は、別の男に乗り換えて去って行った。未だ完全には立ち直れないほど深く傷ついて、もうこういう、意味のない消耗をするのは止めようと、当時の僕は強く心に誓ったのである。

 結局、裏通りの木造ボロアパート二階、安斎さんの部屋の前まで来てしまった。馬鹿な自分にムシャクシャして、ノックもそこそこ、返事も聞かずにドアを開けた。ちょうど安斎さんは首に縄をかけ、台座から飛び降りようとしている所だった。僕は止めもせず、そのまま無言で行く末を見つめた。恥ずかしそうに首から縄を外し「久しぶりだね」と彼が言った。口の中に真っ白な入れ歯が光っていた。
「アイドルファンから、ミソジニーに転向したんですか」
僕は挨拶もせずにそう問いかけた。すると彼はチラと部屋の隅に目をやった。そこには火薬や導線、何かの薬品など怪しげな物が置かれていた。
「爆弾作ってね、乗り込もうとまで思ったのよ」
こちらの表情を伺うように、彼は僕の顔を恐る恐る覗き込む。
「でもふと我に返ってね、俺は何て危ないことを考えたんだと思って。もうこうなったら、死んで詫びようと思って」
彼の目にうっすらと涙が浮かんだ。
「ほいでもね、寂しくて。死ぬ前に誰かに連絡しようと思って。でも、お袋も死んだでしょ。友達もいないし。荻野くんしかいなかったのよ」
なんと答えたらいいか分からず、長い沈黙の間があった。
「とりあえず、人を傷つけるのはやめましょうよ」
沈黙の末に、口が勝手に動いた。薄っぺらいことを言っている自分に嫌気がした。安斎さんの目から、止めどなく涙があふれた。
「うん、誓うよ。約束する」
なぜか僕らは泣きながら、固い固い握手をした。

「マリファナありますか」と僕は言った。安斎さんは少し驚いて、奥の箪笥からそれを取り出した。初めて吸ってみて、すぐに噎せて咳が止まらなくなった。
「あんまり最初は勢い良く吸っちゃダメよ」
そう言って安斎さんは美味そうに吸って見せた。ふと、作りかけの爆弾に目をやった。もしここで僕が爆死したとして、誰か悲しむ人はいるのだろうか。安斎さんの凶行の理由も、実はそんな単純なことなのかも知れない。
「僕が死んだら、安斎さんが骨を拾ってくださいよ」
煙で頭がおかしくなったのか、変なことを口走った。安斎さんは何も言わず、真っ直ぐ両手を差し出してきた。なぜか僕らは泣きながら、再び固い握手をした。


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