1. トップページ
  2. 我が子の未来は輝いている……と思いたい

ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

投稿済みの作品

0

我が子の未来は輝いている……と思いたい

17/09/21 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:172

この作品を評価する

 僕は、このパブ『ロビン』をいつか息子のウォルターに譲る。ここは僕の大切な場所。あの子にとっても、そう悪くないはずだ。もし、他に夢があるなら、そちらへ進むのもいいけれど、できればこの店を大好きな場所として大切に思ってほしい。
      ◇
「きのう、お父さんがお話ししてくれたことは、ほんとなの? ボク、気になってなかなか眠れなかったの」
「店のこと? うん、あげるよ。約束しただろう?」
 6歳のウォルターは、びっくり顔で僕を見つめた。そして何かに気がついたように、視線を店内に向けた。いずれ自分が継ぐ店であると、はっきり自覚したようだ。彼は、僕から離れると開店前の店内をゆっくり見て回り、2階への階段上から改めて店全体を眺め始めた。天井から下がる2つの大きなランタンや店の奥に飾ってある大きな額、カウンターやテーブルや椅子を真剣な目で1つ1つ確認していく。やる気満々といったところだ。彼は、カウンターの前で腕を組んでいる僕のもとに戻ってくると、真面目な声でこう言った。
「お父さん、やっぱり足りないものがあるよ」
「足りないもの?」
「音楽があるといいような気がする」
 この子には、優れた美的感覚が備わっているのだろうか? 僕は、音楽など思いつきもしなかった。ウォルターは、たぶん芸術関係に優れた才能を身の内に秘めているのだろう。我が子の輝かしい未来! うっとりしていると、
「たとえば、グランドピアノをあそこに置くの!」
 そちらに目を向けた僕は、彼の夢を潰すのは忍びなかったが、しかたなく伝えた。
「置けないんだけど?」
「えっ? なんで?」
「あ、いや、だって大きすぎるよ」
 誰が見ても一目瞭然だろうに、この子のバランス感覚は一体どうなっているんだろう? 一番はじめのアイデアにつまずいてしまったウォルターは、慌てて訂正した。
「そ…それじゃ、ちょっと壁けずって、グランドピアノの角が少し外に飛び出してもいいってことにして──」
 ちょっと待て! 無理やり店にあのでかいのを押し込めるつもりか?! そういえば、この子はかなり大雑把な性格で、適当にやってうまくいけばそれでいいや、と自分で納得しちゃう子だった。
「ウォルター、小さいピアノじゃダメなのかな?」
 忘れていたが、ダメなことはダメだとちゃんと言っておかないと、この子は本当にやりかねない。
「う、うん、お父さんがそうして欲しいなら、そうする」
 彼は、不満そうな声で言った。僕としては、この店を削ってほしくない。
「でも、音楽に目をつけるなんて、驚いたよ」
 誉めると、彼はふわふわっと顔を赤くして微笑んだ。ご機嫌が直った。話し合いで、アップライトピアノを置くことになった。
 さて、この店にはどんな音楽が似合うだろうか?
(クラシック系? いや、ジャズだな。僕の好みとしては、シャンソンもいい。ゆっくり静かに流れゆくシャンソン──)
 そんなゆったりとしたイメージの中に心地良く浸っていると、幼い声がそっと呟いた。
「『ひよこのサンバ』歌って踊って──」
(なんだ、そりゃ?!)思わず叫びそうになって、慌てて口を押さえた。
「あ、イチキおばあさんに教わった盆踊りでもいいや」
 彼は、ぼそぼそと恐ろしいことをさらに呟いてくる! それを皮切りに、ウォルターの豊かな想像力は広がり、店のイメージはパブというより都会のダンスホールのように、色鮮やかでまとまりのない世界観に展開されていく。……僕は、なんだか疲れてきた。
(ウォルター、君は店を『お遊戯するところ』だと勘違いしてるね。よくお客さんの注文で歌ったり踊ったりしていたから? 歌うことと踊ることが大好きだということは知っていたけど。でも、どうしよう。この子、僕が守ってきた店の雰囲気をすっかり壊してしまいそうだ。あ、そういえば……)
「お料理どうするの?」
「あ、お父さん作ってね。だってボク、歌ったり踊ったりで忙しいんだもの!」
「あのー、料理人になりたかったんじゃなかったの?」
「うん、『歌って踊れる料理人』にね! でもねぇ、お父さん。人間って、あれこれできないものなんだよ? だから、お父さんは、ごはん作るの!」
 ウォルターは楽しそうに、その場でサンバを踊り始めた。
    ◇
 僕は、このパブ『ロビン』をいつか息子のウォルターに譲る……のは、彼がもっと大きくなって、物事のいろいろなことがわかるようになってから決めようと思う。そして、約束というものは軽々しくするものではない。ちゃんと店を継ぐつもりで踊りの研究をしているウォルターを見ていると、「約束はなかったことになりました」なんて今さら言えない。                                                                             


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン