W・アーム・スープレックスさん

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17/09/20 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:185

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 この町の交番に着任して一年がたちました。私、平野啓司は意気込みにもえてこの僻地の交番にやってきたのですが、山と川に囲まれたここは、どこの家も戸締りをしなくてもかつて一件たりともコソ泥に入られたためしがないというぐらい、都会からみたら考えられないぐらい平和なところでした。
 事件を期待するのは警察官にあるまじきことですが、こう平穏な毎日が繰り返されるとたまには、なんでもいいから事件がおこってくれないものかと、ひそかにまちわびている本官でありました。
 そんな私のところに近所の少年がかけこんできたのは、本日の午後4時30分きっかりのことです。
「お巡りさん、大変だ、僕みたんだよ」
 それは親が雑貨店を営む家の子で、素直で明るい性格の少年でした。
「ま、落ち着いて。なにをみたんだね」
「うらの川原で、獺がでたんだよ」
「ほんとかい」
 絶滅したとされている獺が出現したとなると、これはまさに大事件だった。
「ほんとだよ、これを見てよ」
 と少年はズボンからとりだしたスマホを、本官につきつけました。
 そこには、何やら異様なものが写っていました。図鑑などでみる獺とは、どうもちがうようです。頭と、胴と、尾の部分にわかれてはいるのですが全体がごつごつした突起におおわれ、それになにより背中を包むようにして貼りついている薄い皮膜のようなものが、獺にはない顕著な特徴といえるでしょうか。
「これは、獺じゃないよ」
「獺だよ」
「どうしてそういいきれるのかな」
「だってこれまでだって、僕のお父さんが目撃してるんだもの」
「お父さんは、これを獺だとおっしゃったのかい」
「そうだよ」
 おそらく彼の父親は、この奇妙な生き物を呼ぶのに、便宜上、獺の名をもちいたにちがいない。こいつが川を泳いでいるのを遠目にみたら、なるほど獺とみまちがえたとしてもおかしくはない。
 それにしても、この生き物はいったい、なんなんだろう。皮膚は全体に黒く、目だけは真っ赤で、その目は暗闇でも不気味に赤い光を放ちそうです。
「父さんが前に獺をみたのは、僕がうまれる前で、2001年の9月11日っていってたな。その前は、たしか1986年の4月26日だ」
「ずいぶん正確におぼえておられるんだね」
「だってその二つの日に、世界で大事件がおこったんだもの」
 じつは彼が9月11日といったとき私も、ピンとくるものがありました。いわずもがなアメリカ同時多発テロが起こった日です。4月26日も………。本官が記憶をめぐらしているとき彼が、
「チェルノブイリ原発事故さ」
「ほかの日にも、目撃されたことは」
「うん。1995年3月20日」
「それって―――」
「そうさ、地下鉄サリンの日だよ」
 本官は背筋に冷たいものがはしるのを覚えました。もしかしたら彼の父親は、そのような世界を震撼させる事件の日を記憶にとどめるつもりで、ありもしない生き物をでっちあげたとも考えられます。それは少年にまで伝わり、スマホに写るあの生き物も、少年がスマホ上で探しだした、事件のまがまがしさにかなった想像上の奇獣なのでは。
「生き物が目撃された日に、必ず何かお大きな事件がおこっているけれど、今回ばかりは、嬉しいことに何もないたみたいだね」
「ちがうよ」
「ちがうって、何が」
「父さんがみたのは、こいつが飛び立つ瞬間だよ」
「飛び立つ―――」
「僕の父さんは、こいつが背中に翼をはやして、空に舞い上がるのをみているんだ。父さんもお爺さんも、こいつが飛ぶところを、目撃したといっていた」
「お爺さんも見ていたのか」
「うん。1939年の9月1日にね」
 第二次世界大戦が勃発した日だ。
 また話をきくことにしてその日は、少年には帰ってもらった。
 いっときして、すでに薄暗くなりはじめた川原に本官がおりていったのも、いまの少年の真剣な顔に後押しされてでした。
 木々と茂みに覆われた岸辺は、それでなくても何か薄気味わるい生き物があらわれそうな雰囲気にみちていました。
 本官の足が砂地にめりこむ音に、水うち際の影のなかで何かが動きました。本官は身をかがめ、茂みの下に潜む生き物に目をこらしました。
 不気味な羽ばたきがきこえたかと思うと水面が波立ちました。直後に、残照のなかに何かが身をくねらしながら、茂みの葉をちらして舞い上がるのがみえました。それはまさに、少年のスマホに写っていたあの、獺にほかなりませんでした。しかしいまその背中には、胴体よりまだ長い翼がひろがり、ゆっくりとそれをひるがえしながら、いままさに夕焼けのなかにとびたとうとしているのでした。

 北の国から発射されたミサイルが、地上のあらゆる迎撃ミサイルを突破してこの、事件がなくて警官がひまをもてあますほど平和そのものの町の上空に、その赤い姿をみせたのはちょうどそのときのことだった。


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このストーリーに関するコメント

17/09/24 文月めぐ

『獺』拝読いたしました。
大きな事件が起こる直前に目撃されてきた「獺」。
その奇妙な姿を想像すると背中がぞくぞくしました。

17/09/24 W・アーム・スープレックス

ありがとうございました。
現代は本当に、何が起こってもおかしくない時代だと思います。
今回のテーマ『事件』はまさに、タイムリーだといるといえるでしょうね。

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