1. トップページ
  2. 白雪姫の毒リンゴ

田中あららさん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 仏ほっとけ、神かまうな

投稿済みの作品

2

白雪姫の毒リンゴ

17/09/20 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:2件 田中あらら 閲覧数:195

この作品を評価する

 パフィンマフィンの礼子さんが昨日焼いたのは、アップルマフィン。信州の農家から取り寄せた秋映という品種は、シャキシャキ感、香り、甘み、酸味のバランスが素晴らしく、そのまま食べても美味しいが、おかし作りにも適していた。一口大にカットしたものをコンポートにし、生地に混ぜてオーブンで20分焼けば、アップルマフィンのできあがり。
 礼子さんは1年前、自宅の片隅を改装して菓子製造業の許可をとり、商号を「パフィンマフィン」とした。平日は早起きしてマフィンやクッキーを焼き、午前中集落を回って移動販売し、その後地場産品の直売所に納品する。
 礼子さんの住む町は、限界集落であり、消滅可能都市だ。彼女は長らく街で暮らしていたが、一人暮らしの母親を放っておけず実家に帰って来た。そこで自宅の片隅を改装し…となったわけである。

 そして今日、礼子さんの携帯電話が鳴った。診療所の山本医師からだった。山本医師は礼子さんと小中学校の同級生であり、幼馴染だった。彼は地域医療を支えるため、街から戻ってきて診療所を開いていた。
「実はね、大場さんという高齢の女性が入院したんだけど、知ってる?」
「え?あの大場さん?昨日は元気だったわよ」大場さんは、一人暮らしのおばあさんで、礼子さんのマフィンを楽しみにしていて、昨日も焼きたてのアップルマフィンを3つ買った。
「夕べ、体調を崩してね。それで聞きたいことがあるんだ」
「どういう状態なの?深刻なの?何を聞きたいの?」
「下痢、嘔吐が激しくて、食中毒に似ているんだよ」
「まさか…」
「大場さんが昨日食べたのは、礼子のマフィンだけだっていうのさ」
「今すぐ、そちらに行くから」礼子さんの心臓は高鳴った。

 大場さんの症状は深刻だった。吐き気、嘔吐、腹痛、下痢に加え、高熱でぐったりしていた。
「食中毒じゃないわ。他にもたくさんの人が食べたはずだもの」
「そうだな。しかし、風邪ではなさそうだし」
 近くにいた看護師が、二人の会話を聞いていた。

 田舎では悪気のない他言が、噂になってしまうことが往往にしてある。看護師が家に帰って口にした「毒リンゴ事件」という言葉は、次の日に人々の耳に届いた。山本医師は食中毒ではないと判断したが、遅かった。
 礼子さんは、いたたまれなかった。大場さんは一人暮らしなので、パジャマやタオルを揃え差し入れた。大場さんは朦朧としながらも、家にある貴重品袋を預かってほしい、家に鍵をかけて欲しいと礼子さんに頼んだ。礼子さんは承知した。

 大場さんの家は、山の裾野の一軒家だ。礼子さんは貴重品袋を手に持ち、家に鍵をかけた。家の庭には大場さんがささやかに耕している畑がある。礼子さんが何気なく地面を見たら、直径1cmあまりの動物のフンが落ちていた。なんだろうと思い、周りを見渡したら、あちこちにコロコロのフンが固まって落ちていた。近所のおばあさんに聞いたところ、鹿のフンだということがわかった。
 鹿のフン。鹿が里に降りてきていた。ピンときた礼子さんは、急いで山本医師に電話した。

 1週間後、礼子さんと山本医師が、大学病院に入院中の大場さんを見舞った。
「礼子さん、ありがとう。おかげで命拾いしましたよ」大場さんは、弱々しくもしっかりと話せるようになっていた。
「本当にね。僕も助けられたよ。まさか、マダニによるSFTSだったとは」
「鹿のフンがあったのよ。野生の鹿にマダニが寄生して、SFTSウィルスを持ったマダニに噛まれた人が、血小板減少症候群になったってニュースを前に見たことがあったから」
「するどいな」
「でもあなたの判断で、すぐに大学病院に移って、早期治療を受けられたから良かったわよ」死亡率20%の危険な感染だったのだ。
 大場さんは「ありがとうございます」と繰り返した。

 礼子さんの評判はすぐに回復し、さらに大場さんを救ったという英雄ぶりも広まった。看護師の仕業に違いなかった。彼女も責任を感じていたのだ。病名などを他人に話すことは、プライバシー保護の点からどうなんだろうと礼子さんは疑問に思ったが、なんせ田舎のことだ。早いか遅いかの違いだけで、いずれ広まることだ。

 大場さんの退院に合わせ、礼子さんは丸ごとアップルパイを3個焼いた。皮をむいて芯だけ抜いたリンゴを丸ままパイ生地で包んで焼いた豪快なパイである。
 礼子さんは1つを大場さんに届け、残りの2つを診療所に持っていった。
「さあ、私の評判を下げたり上げたりしてくれたお二人さんにも、お祝いパイを持ってきたわよ」と礼子さんは言うと、四角い箱を山本医師と看護師に差し出した。
「なんだよこれ」と山本医師が聞くと、礼子さんは「白雪姫の毒リンゴよ」と言ってニヤリとした。
「まったく、10日間仕事にならなかったけど、終わりよければ全て良しね。さあ、召し上がれ」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/09/23 文月めぐ

『白雪姫の毒リンゴ』拝読いたしました。
リンゴを食べて食中毒かと思いきや、真実は違っていた、ということで安心しました。
アップルパイが食べたくなる作品でした。

17/09/23 田中あらら

文月めぐ様
コメントをくださり、ありがとうございました。アップルパイの季節ですね!
パフィンマフィンの礼子さんのストーリーは、以前「スイーツ」というお題の時に書きました。その時に登場した大場さんも再登場です。私はこの設定が気に入っているので、また機会があったら書きたいと思っています。

ログイン
アドセンス