1. トップページ
  2. 元凶はだいたい身内

蒼樹里緒さん

https://twitter.com/ao_rio まったり創作活動中です。 コメント・評価等、本当にありがとうございます。個別返信は差し控えますが、とても励みになります。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 備えあれば患いなし

投稿済みの作品

0

元凶はだいたい身内

17/09/18 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:0件 蒼樹里緒 閲覧数:160

この作品を評価する

 旅の醍醐味、その一。宿屋に泊まること。
 姉と二人で各地をめぐるうちに、旅館や民宿、温泉宿などを見て回るのも楽しみのひとつになりました。
 今回泊まるところは、天井の隅に蜘蛛の巣が張られていたり、ベッドがガタガタに軋んでいたりはしないので、当たりのようです。いくら宿泊費が格安だからといって、外観からしてあまりにも寂れた宿を選んだ過去は失敗でした。今となっては良い教訓ですが。
 早速部屋に入って荷物の整理をしていると、あ、と姉が固まったような声を出しました。
「どうかしましたか」
「……やっちゃったなー」
 首の後ろを軽く掻きながら、姉はぼやきます。

「前の街に鞄の鍵忘れてきた!」
「……は?」

 私は、思わず間の抜けた声を漏らしてしまいました。いっそ清々しいほどの姉の開き直りに。
 もちろん、旅は楽しいことばかりではありません。こんなふうに、些細な事故や事件も付き物です。とはいえ、昔から大体の場合、元凶が姉になってしまうのが少し物悲しいですが。
「いや、もしかしたらどっかで落としたのかもしんないけど」
「姉さん……」
 馬鹿ですね、と出かかったあきれの言葉を、私は喉の奥に押しやりました。
 故郷や実家に一切帰る気のない長旅では、私たちの荷物は必要最低限で済ませています。姉は身軽でいたいからと、旅行鞄も一般水準より小さめのものを使っていますが、よりによって大事な鍵をなくしてしまうなんて。私と姉の鞄は鍵の形も別々で、この街の鍵屋で合鍵を作るのは不可能です。鍵穴自体も鞄と一体化していて、壊してしまえば機能性が著しく下がります。
「どうするのです、探しに行きますか」
「せっかく着いたばっかりなのに、今からうろうろするのも面倒よね。前の街だって、機関車で片道二時間くらいかかった距離だし」
「では、電話をお借りしてあちらの宿に連絡してみては?」
「電話代がもったいない」
 私の語尾にかぶせるように、姉は真顔で拒否しました。
 確かに、私たちの旅費も行く先で短期や日雇いの仕事をして稼いでいるので、不安定ではありますが。何もこんなときまで倹約の意志を強めなくても。
「お金でしたら、私が出しますから」
「だめよ。あたしのドジが原因なんだし、かわいい妹から電話代を借りるなんて、姉として情けないわっ」
「何ですか、その妙な自尊心。市外料金にはなるでしょうけれど、法外の大金ではないのですし、遠慮しないでください。あとで返してくれればいいですから」
「あんたはほんと優しい子よね……お姉ちゃんはうれしいわ。でも、だめなもんはだめよ」
 姉はまたきっぱりと拒み、鞄に向き直りました。床に置かれたままのそれの正面に屈み、腰の鞘からあるものを徐に引き抜きます。護身用の『凶器』である短剣を。
「このままじゃ埒が明かないし、仕方ない。力ずくでこじ開けるわ」
 姉が意気揚々と腕まくりをした時点で、ものすごく嫌な予感がしました。
「まさか、壊す気ですか」
「もうそれしかないでしょ、一番手っ取り早いし」
「やめてください!」
「なんでよーッ」
「金具も硬いですし、万が一にも床や壁まで傷つけてしまったらどうするんですかッ」
「お願い、やらせて。あんたの手とかお金とかを借りないで済ませるには、こうするしか……!」
「早まらないでくださいッ」
 口撃を繰り広げていると、不意に部屋の扉が勢いよく開きました。

「お嬢さん方、どうしたんだいッ?」

 振り向いた私たちは、思わず苦笑いを浮かべてしまいます。言い争う声が、廊下にも響いてしまっていたのでしょう。
 宿の受付もしてくださったふくよかな女将さんが、血相を変えてこちらを見つめておられました。そして、姉の手に握られたものをご覧になり、おろおろと私たちの顔を見比べられます。
「お姉さん、まさか死ぬ気だったのかい? ほんと、早まるんじゃないよッ」
「あ、ええと……ごめん、おばさん。誤解なの」
「えっ」
 さすがに申し訳なく思ったのか、姉は簡潔に事情を説明します。
 それをお聴きになると、女将さんは大きく安堵の息をつかれました。
「何だ、鞄の錠を壊すって話かい。紛らわしいねぇ」
「姉共々、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」
「まあ、生きる気があるならよかったよ。しっかり者の妹ちゃんを持ってることもね」
「でしょー? あたしの自慢の妹よ」
「姉さん、調子に乗らないでください」
 無駄に誇らしげに胸を張る姉に、私はため息をこぼすのでした。
 苦笑なさった女将さんのご厚意で、工具一式を拝借できることになり、結局姉は強引に鞄をこじ開けて荷物を取り出しました。

 女将さんへの誤解によって、危うく更なる大事件を引き起こしかねないところでしたが。未遂で済んだだけでも、今回はよしとしましょう。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス