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小街さん

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臨時列車

17/09/18 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 小街 閲覧数:154

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 まだ部屋には日中の熱がこもっている。今年89歳を迎えるミキは、縁側にある籐のリクライニングチェアに深くもたれる。夕日が部屋の奥を薄いオレンジ色に染めている。涼しく乾いた風が心地良い。
 鉱山技師の北見さんが私のいる事務所を尋ねて来た時もこんな夕方だった。“私と東京に行く許しを父からもらった”なんてニコニコしながら言いに来た。でも、何て言って父を説得したのかしら 。微笑むミキ。次の瞬間、その顔は曇る。一番の思い出に寄り添う時、一番の悲しみも付いてくる。

 ミキは女学校を出るとミキの父が経営する商社に入社した。その会社がある町は、鉱山で賑わう港町で、チャンス溢れる町だった。ミキの父が経営する会社は、鉱山会社が使うダイナマイトから鉱物用分析機器等の舶来品を扱っていた。
 北見は地質学の博士号を持つ鉱山技師で、ミキを通じて最新の機器を注文しているうちに、いつしか彼はミキに好意を寄せるようになった。

 ある時、北見は彼が参加する東京の学会に鉱山関連の展示会が併設されることを知った。彼はこの展示会をミキが見学できるよう社長に掛け合ったが、ミキの父親は取り合ってくれない。
 『明治生まれの厳格な父が許してくれる訳はない』 ミキは諦めていた。そんな折、彼からの“許しをもらった”という報告は、聞き間違いかと思うくらい驚いた。
 東京はミキにとって憧れの街だった。また最新の機器の情報収集を欧米人と英語でできる、そう考えただけでもワクワクする。そして何より北見から東京見物にも誘われた。ガス灯が煌く銀座の街並みを北見と歩く自分の姿を想像するだけで目まいがした。

 北見がどのように父を説得したのか彼は話してくれない。また、元々複雑な性格の父がその日を境に、何だか更に素っ気なくも妙に優しくなった気がする。そんな日々が流れ、東京に旅立つ夢の日が翌日と迫った。ミキはいつも通り出社した。
 そんな日の11:00過ぎ、急に町中がざわめきだした。不思議に思ったその時、父が事務所に飛び込んで来た。乱暴にドアが開く。
 「ミキ!・・・開発中の坑道で落盤事故が・・・。北見先生が・・・」震える言葉の最後は消えそうだった。

 北見さんが事故? あまりに唐突な話で理解できない。昨日だって出張から帰ったと、一週間ぶりにここに現れた。とても元気だったわ。そう、何かの間違い。北見さんはきっと今日も6時半頃にひょっこりとここに現れる。たとえ今日来なくても明日の朝、私が駅に行くと、北見さんはそこで煙草を吸って待っているんだから。7時の臨時列車に一緒に乗るの。そんな特別な日の前日に開発坑道なんかに入るなんて・・・。

 そこまで思い出し、溢れる涙にミキは我に返る。
 ここから先は数十年経った今になっても思い出したくない。きっと冷静に思い出すことなんて、金輪際ないのだろう。
 
 目を閉じうつむいた時、庭の入り口門の方から声が聞こえた。「ミキさん。明日の準備はできてますか?」。
 ゆっくりと庭に歩み入る男性を見てミキは息を飲み、呟く「また夢を?」。
 ミキは北見と東京に行く夢を数えきれないほど繰り返し見た。だがいつも列車は走ることなく、目が覚める。
 「あなたは変わらないけど、私はこんなにおばあちゃんになっちゃったわ」。
 「何を言ってるんです? ミキさん」北見は涼しい顔をしてすぐそこまで来た。
 ミキはハッとする『おばあちゃんですって?私は何を言っているの!』19歳のミキは頭の中でそう叫び、顔を赤らめながら籐椅子から跳ね起きた。
 ミキは北見の顔を見つめる。『あぁ、北見さん、北見さん、北見さん!』涙が止めどなく溢れ出る。「嫌な夢!」ミキは叫び、裸足で外に飛び出し北見に飛びつく。「もう覚めないで」。ミキを優しく受けとめる北見。
 「予定が変わって臨時の急行列車は今夜出ることになりました。さぁ出かけましょう」。

 父、母、弟達、友人もいる。皆が微笑み、私達を祝福している。荷物を北見さんが乗ってきたタクシーに運び入れると父と母は私の手を握りしめ、優しくそして穏やかに言った「良かったな、良かったね」。父と母はいつまでも走り去る私達の車を見送っている。
 列車の一等席に着き、私は隣の北見さんに尋ねる「ねぇ、もう教えて下さらない? なんて言って父を説得したの?」。
 北見はにこりと笑い「これです」と、ポケットから指輪を出した。「長い間一人にして済みません。あなたとの約束は一時も忘れたことはありません」。
 いつの間にか汽車は動き出していた。
 窓の外の街灯は、いつしか満天の流れ星へと変わる。


 「おばあちゃん、おばあちゃん、そろそろ風が冷えてきたから、窓を閉めてお部屋に入ってください」ミキの息子の嫁、ハルコが台所から手をふきながら小走りでやってくる。「おばあちゃん?・・・!」。


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