1. トップページ
  2. 事件の表裏――それぞれの葛藤

文月めぐさん

第144回時空モノガタリ文学賞【事件】にて、入賞をいただきました!拙い文章ではありますが、読んで感想、批評等いただければと思います。よろしくお願いします。Twitter→@FuDuKi_MeGu

性別 女性
将来の夢 作家
座右の銘 失敗したところでやめてしまうから失敗になる。成功するところまで続ければ、それは成功になる。

投稿済みの作品

4

事件の表裏――それぞれの葛藤

17/09/16 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:2件 文月めぐ 閲覧数:380

時空モノガタリからの選評

学校でおこった小さな盗難事件と、その中で起こった精神的なジレンマを題材にした点がユニークでした。出来心で先生の時計を盗んでしまった少年と、父からもらった大事な時計を無くし落ち込み、生徒を疑うことに罪悪感を抱く教師の「俺」。身近なちょっとした事件であっても、当事者にとってはストレスのかかるものでもあり、このような心理的な葛藤は、誰でも一度くらいは経験したことがあるのではないかと思います。翼は多少やんちゃだけれども、盗みはいけないことだとわかっていて、両親を悲しませたくないと後悔するあたりからみると、実際は素直な普通の少年なのでしょう。子供の盗難を悲しむ普通の感覚を持つ親の存在というのは、子供の精神的な方向性決めるのに重要なものなのかもしれませんね。盗んだことで、苦しみを背負ってしまった彼が、どのように対処するのか気になるところですね。

時空モノガタリK

この作品を評価する

 「ない」と気づいたのは、職員室に戻ってしばらく経った後だった。隣の席の本郷先生が「七時か」とまだ明るい外を見ながら呟いた時だ。俺も時刻を確認して「ですね」とでも相槌を打とうとした時だ。
 腕時計が、ない。
 あの時、プールサイドに置いたじゃないか、と一瞬で思い出し、俺は慌ててプールめがけて走り出した。「松岡先生、廊下は走っちゃいけないよ」と暢気な本郷先生の声も、今の俺には届かない。
 生徒たちに「先生の泳ぎも見たい」と言われ、「もう歳だから」と断るも、我儘な中学生たちは聞く耳を持たなかった。助けを求めて同じく水泳部の顧問、上野先生を見るも「松岡先生まだ二十五でしょ」と苦笑されるだけだった。
 そこだ。脳内で、二時間ほど前の記憶のページをめくっていた手が止まる。「仕方ないな」と言いながらも、どうにか生徒たちの前でかっこよく泳いでやろうと、心の奥底で闘志を燃やしながら、俺はプールサイドに自分の腕時計を置いたんだ。どうか置いたまま、そこにあってくれよ! あれは就職祝いに父が買ってくれたものなんだ……!
 しかし、俺の願いも虚しく、探している黒い腕時計は影も形もなかった。俺は肩を落としながら、とぼとぼと職員室に戻るしかなかった。
 校内の忘れ物を管理している本郷先生には「腕時計の忘れ物はないな」と言われ、上野先生にも「外しているところは見たけど」と言われる始末。ああ、帰って父になんて言おう、とため息をついた時、女性教員たちのひそひそと話す声が聞こえた。
 「もしかして、誰か盗んだ?」「水泳部って問題児多いもんね」
 その言葉は俺の心にぐさりと刺さった。瞬時に浮かぶ三つの顔――翼、哲夫、孝弘。あのやんちゃな三人組の誰かが――。そこまで考えて、俺はめいっぱいかぶりを振る。いくら何でもあるわけない。教員の時計を盗むなんて。しかし、あの三人、休日にはバイクを乗り回しているという噂もあるくらいじゃないか。いやいや、教師である俺が生徒を疑うなんてだめだ。三人の顔が順々に頭をめぐる。お調子者の翼。怖がりの哲夫。頭の回転が速い孝弘――。だめだ、と必死に思っても、三人の顔は俺の脳内にこびりついたように剥がれない。盗むなんて絶対ないはずだ。
 ふと窓の外を見ると、陽は落ちて真っ暗になっていた。窓ガラスに映る俺の髪がぐしゃぐしゃになっている。

 俺のズボンのポケットの底に、暗闇がある。
 これは決して比喩なんかじゃない。確かに黒々とした闇――松岡先生の時計がそこにはある。
 はあ、と盛大なため息をついて、ベッドにうつ伏せになる。
 今日、プールサイドに忘れてあった先生の時計を、俺が持って帰ってしまった。その事実は否定できない。
 前からかっこいいな、とは思っていたんだけど、俺は自分自身の行動が未だに信じられなかった。
 今日の更衣室の掃除当番は、俺たち三人組だった。みんなでだらだらと話しながら適当に手を動かす。ふと、視線を外にやると、プールサイドで何かがきらりと光ったのが分かった。ガラスの破片かもしれない。それはさすがに危ないな、と思って外に出ると、松岡先生の時計がそこにあったんだ。
 先生の忘れ物だ、と冷静に考える俺と、かっこいいなと興奮する俺がいた。思わず手を伸ばし、黒々と重たいそれを拾い上げる。
「何やってんだ」
 その時、更衣室の中から急に俺に向かって声が投げかけられた。びくりと肩を震わせたその時、俺の手は、勝手にポケットの中へと移動していた。
「何でもない」
 更衣室に向かってそう言い放ち、「掃除終わりにしよう」と三人で帰り支度を始める。自転車に乗りながら、右のポケットに入ったごつごつと硬い時計が落ちやしないかと心配だった。
 明日、先生に返せばいいだけの話じゃないか、と言う俺と、もう先生は生徒の誰かが盗んだと考えているかもしれない、と思う俺がいる。どれだけ弁明しても、松岡先生は俺を「泥棒」というかもしれない――。そうなったら終わりだ。学校中に俺が盗人だと知られるのも時間の問題。そうしたら父さんと母さんは俺のことを軽蔑するだろう。ああ、俺の人生は終わりだ!
 いつの間にか額にびっしょりと汗をかいている。明日、先生に言えば大丈夫。だって、先生の忘れ物を俺が拾っただけだし。そう思いこんで落ち着こうと必死になる。その時、こんこん、とふいに扉がノックされた。どくりと高鳴る俺の心臓。
 「ご飯できたよって何回も呼んだのに、聞こえなかったの、翼?」
 ドア越しに母さんの声が聞こえる。こんな気持ちで、母さんにあわせる顔がない。
 「すぐ行くから」
 そう答える声が、少し震えているのが、自分でもわかる。
 今すぐ時間が巻き戻ってほしい。そう願わずにはいられない。
 気がつくと、窓の外は暗闇が支配していた。窓ガラスに映る俺の瞳が異様な光を放っている。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/09/19 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
疑う方と疑われる方の心理がリアルでした。
最後の「異様な光を放っている」っていうのが、いろんな想像が出来ますね。
続きが気になります!
ありがとうございました。(。・ω・。)ゞ

17/11/10 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
疑う側も疑われる側も、葛藤するのは良心があるから。
どちらの心理描写もリアリティがあり、身近に感じました。
翌日翼君が素直に先生に手渡すことで、事件も二人の葛藤も丸く収まればいいなと思います。
素晴らしい作品でした!

ログイン
アドセンス