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マサフトさん

性別 男性
将来の夢
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夜の青空

17/09/14 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 マサフト 閲覧数:63

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「いつか見たい夢があるんだ」

この部屋に酒を飲みに来るのはこれで何度目だったろうか。木曜の夜はこの部屋に来るのが習慣になってしまった。もう半年ほど通っているか。薄暗い白熱球の明りが薄い影と濃い影を作る、古いアパートの一室。築何年だ。

「いつか見たい夢があるんだ」

相槌を打たなかったせいか彼は同じ台詞を言った。

「なんだい、夢って。夢見るような年でもないだろう。それとももう老後の生活を考えているのかい」

「ちがう、ちがう。その、将来の夢、だとか未来の自分、みたいな夢ではなくて、夜眠る時に見る夢のことだ」

また、彼の珍奇な話が始まったようだ。興味深いが中身の無い、もしくは実用性の無い妙な話を彼はよくする。きっと好奇心が旺盛なのだろう。
酒の肴になるくらいには実用性はあるかもしれないから聞くことにした。

「淫靡な夢でも見て欲求不満を晴らしたいのかい」

「茶化すな」

「で、何の夢の話だ」

「見てみたい、と言ったが、実は一度見たことがある夢なのだが、それをもう一度、いや続きを見たいのだ」

「勿体つけるなよ」

「空を飛ぶ夢を見た。両腕が翼になり海の上を飛んでいる夢だった。不思議と意識がはっきりしていて、空を飛んでいる自覚があった。飛ぶのがさも当然のように」

「ロマンチックだな」

夢見がちな奴ではあると思ったていたが、文字通り夢見がちだな。

「ロマンチック、とは何か違う感覚だったな。もっと爽やかと言うか。なにせ上は空で下は海、視界が真っ青だったからな。風になったような快感だった」

「その快感をまた味わいたいと」

「それもあるが、変な部分もあったんだ。両腕の翼と言ったが、鳥の羽根みたいのじゃなくて、金属の無骨な機械なんだ。それも翼と言えるような形じゃなくて、肩から先が自動車のエンジンみたいなのになっていた。ただ、感覚としては翼だった」

「夢なんてそんなものだろ。支離滅裂なのが普通だ。きっとジェット機のような感覚だったのだろう」

「あぁ、そうかもしれない。ジェット機など乗ったこともないが」

つまみの枝豆が羽根のように見えてきた。パタパタと羽ばたき浮き上がって、青い天井に登ってゆく。ああ、この部屋の天井は青かったのか。半年も通っていたのに知らなかったなぁ。
酒をあおる。燃料補給。

「ふと下の景色を見ると、全部海だと思っていたが、海上に一本の道路が走っていた。元も、先も霞んで見えない、橋のような道路。生き物のようにも見えた」

「車は走っていたかい」

「いや、車はいなかった。滑走路だったのかもしれない」

滑走路。この部屋の畳のへりは滑走路だった。おや、畳も海みたいな青色だ。気づかなかった。

「その滑走路に降りたくなったのだが、降りられないんだ。あと1メートルほどの高さでホバリングしてしまって、磁石の反発のように地面に着陸できない。えいと気合を入れて降りると、滑走路の橋の下にすり抜けてしまうんだ。海と橋の隙間に」

あああ、眠い。今何時だ。時計が見当たらない。畳の海と畳へりの滑走路ばかり目に入る。

「そこで目が覚めた。続きを見たいんだ。滑走路らしき道の先を」

いかん。ここで眠るのは駄目だ。彼は不眠症だ。その彼の前で気持ち良さげに寝てしまったら失礼だ。

「それから夜眠る前に空を飛ぶ練習をするようになった。練習と言っても頭の中の話だが。あの夢を反芻しては眠りにつこうとする。けど眠れないんだ。身体は眠っているのに頭ばかりが冴えてしまう」

「酒とタバコを止めろ。少しはマシになるぞ」

呂律が回らない。そんなに飲んだのだろうか。今何時だ。

「そうしたら君がここに寄らなくなってしまうじゃないか。それは淋しい。飛ぶ夢を見られないことより淋しい」


海が広がる。空が広がる。視界が真っ青になって、海と空を見分けるすべは太陽の有無しかない。エンジンは好調。燃料は満タンだ。畳のへりから飛び立って、青い畳の波を後目に、白熱球の太陽目がけて飛行する。緑色の鳥が数羽横を飛んでいる。丸々太った奴と、痩せた奴。

彼はまだ来ていない。きっとまだ眠れていないのだろう。このまま空で待っているぞ。木曜の夜の青空で待っているぞ。


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