向本果乃子さん

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掌の

17/09/12 コンテスト(テーマ):第144回 時空モノガタリ文学賞 【 事件 】 コメント:2件 向本果乃子 閲覧数:230

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それはほんの偶然だ。落ち着こうとして、無意識に掌の中の小さな画面をいじっていた。眺めているだけで読んでなどいなかった。なのに彼女の名前を目にした瞬間、中学の放課後の空気が身体にまとわりつき、溶けて流れたアイスクリームの甘い匂いがふわっと鼻孔に香った気がした。

何があんなに楽しかったのだろう。涙を流すほどに笑い合いながら、いつまでも帰りたくなくて、このまま時間が止まってしまえばいいと思っていた。なんにも知らなかった。けれど自分はまだ何も知らないということを知っていて、早くいろんなことを知りたいなんて言いながら、本当はずっとこのままでいたいと思っていた。

そんな時間がどれほどあっけなく過ぎ去り、もっと刺激的で楽しいことが次々出てきて、大切なものはどんどん変わっていき、そのうち何が大切なのかもわからなくなってしまう。そんなこと知らずにいたはずなのに、それでもどこかで感じていて、それであんなにも帰りたくなかったのかもしれない。

あれから二十年以上経った今を、あの頃の私たちが見たらどう思うだろう。

誰とつきあいたい? 
そりゃあ、かーくんでしょ
光GENJIならあっくんがいいな
でもやっぱトムクルーズ! 
英語喋れないじゃん
トップガンめちゃくちゃ格好良かったよ
外人もいいんなら、マイケルかな
え?ジャクソン? 
違うよ!フォックスだよ。Jフォックス! 
それもいいなあ。選べないーどうしよー 
いや、別に本当につきあえるわけじゃないから
そうなの?
そりゃそうでしょ 
今はまだこんな長野の雪深いとこにいるけど、東京の大学行けば、スカウトとかされちゃうかもしれないよ
あり得ないっ。大学って何年後? ていうか、東京の大学行くの? 
行きたいでしょ?
行きたい! 
よし、一緒にジュリアナで踊ろう
それはやだ
なんでよー

あの頃、スマホなんてもちろんなくて、一部の大人が初期の携帯電話を持つようになったくらいで、だから家に帰ったらもう友達と繋がる方法はなかった。家の電話はたいがい親が出るから面倒くさいし、みんながいるリビングとかで話さなくちゃならないから、結局何も話せない。だから、中学の教室や帰り道にある公園のブランコに座っていつまでも喋っていて、日が暮れて早く帰らなきゃ叱られると思いながらもなかなか帰れなかった。

今の子たちは、寝る間際までLineで話していたりするのかな。羨ましい気もするけど、今ここでしか繋がっていられないという切羽詰まったあの感覚は、それはそれで懐かしくいとおしかったりする。芸能人や気になる男の子の話とか、話題は今の子も変わらないのだろうか。子供のいない自分にはわからない。

掌の中の画面に指で触れるとページが変わり、人間違いかと思うほど面影を探すのが難しい今の彼女の写真が映った。おどけてアイスクリームのコーンを下からかじって、そこからダラダラ流れ出したクリームで両手をべとべとにして笑い転げていた彼女の幼く丸っこかった無邪気な顔はそこにはない。そこにあるのは、無表情で化粧気のない青白い顔をして傷んだ髪を一つに結んでいる、交際相手を刺して自分も死のうとした四十才目前の女の顔だ。五才と三才の連れ子を守るために暴力を振るう男を刺したと書いてある。

別の高校に進んだ私たちはあっという間に疎遠になった。彼女は急に派手になって、バイト先で知り合った彼氏の家に入り浸って、卒業前に子供を産んだと噂で聞いた。その後、私は東京の大学に合格して長野を出た。年に数回帰省するくらいになってもう二十年がたち、噂すら聞くことはなくなった。

彼女は一体どんな人生を送ってきたのだろう。

最初の子供はもう成人しているはずだ。守ろうとした子供たちは別の人との子なのか。そしてその相手ともまた違う別の男を刺して、自分も死のうとした。男も彼女も一命は取り止めたと書かれているが、子供たちはどうなるのか。彼女はこの先どうするのか。

そして私はどうするのだろう。

十年以上続けてきてしまった報われない関係。子供を産むのも簡単ではない年になってしまった。彼女が何人もの男とつきあい、子供を産み、別れを繰り返してきた間に、私は昇級も昇進もない仕事を淡々と続け、彼とだけつきあい、結婚も出産も経験しないまま、容姿も体力も時間と重力に逆らうことなく従順に衰えた。

風呂場からシャワーの音がする。

私と過ごしている間に彼は部長になり、二人の子供を作り、家を買い、そして今、私と別れようとしている。

掌の画面に映る彼女の写真を見る。
反対の掌で使い込まれた古い包丁を握る。
彼を殺して自分も死のうと思っていた。
掌の中の彼女をもう一度見る。
目をつぶる。
夕方の風、ブランコを漕ぐ音、溶けたアイスクリームの甘ったるい匂い。
 
シャワーの音が止まった。 


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このストーリーに関するコメント

17/11/17 光石七

拝読しました。
思春期の頃を思い返す主人公の心情に共感しました。
毎日一緒に笑い合っていた中学時代の友が起こした事件。そして明らかになる主人公の状況。
繊細な描写と巧みな構成に唸らされました。
読み手の想像に委ねるラストも秀逸ですね。
素晴らしかったです!

17/11/17 向本果乃子

光石七様

そんな風に読んでいただけて感激です。
主人公がこの後どうしたのか、思いをはせて頂けたならとても嬉しいです。
ありがとうございました!

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