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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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ゼロ距離フリーハグファイター

17/09/11 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:160

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 安原部長には何かある。
 私は来年勤続十年で役職がつくので、特にビンビンと感じるのである。
 優男風ではあるものの、中年らしく脂ぎっているし、鼻の毛穴は黒ずんで清潔感からは程遠い。お腹だって出ている。なのにだ、安原部長は人でありながら神に近い、そう社員から噂されているほど誰からも好かれ、部下に尊敬され、上司からの信頼も厚かった。
 際立って安原部長が秀でていたのは、人との距離間である。二人羽織の後ろを任せたい人と社内でアンケートをとればきっと全票安原部長に入るに違いない。他人であるはずの相手とまるで近親者のように、いや、それ以上、まるで相手に憑依するように、安原部長には相手の欲することが理解できるようなのだ。
「家族だってああはいかないよね」
「うーん。なんでこっちがして欲しいこと、言って欲しいこと、わかっちゃうんだろ」
「ねぇ、男として惚れるっていうんじゃないけど、人間として、崇めちゃうな」
「お供えものは何?」
「わ・た・し」
「おえええ」
「ちょっとー」
 ランチタイムの中堅OL二人の軽口にも、登場して安原部長の株はうなぎのぼり。家族だって、ああはいかない。それがやさしさであれ、一メートルの傷に二メートルのやさしさをグイグイ押し込めば痛いのだし、水を求める砂漠の迷子にバームクーヘンを与えても喜ばれはしない。
 安原部長は、一メートルの傷口に丁度一メートルのやさしさと気遣いをくれる。干からびた喉には清潔で冷えた水をくれる。入ってきて欲しくないところまでは決して介入してこないし、求めていないはずの欲求を引きだす誘い水を浴びせることもない。
 これはあれだ、きっと。安原部長には何かがあるんだ。
 私たち社員の誰にも気づかせない秘密が。
「安原部長はうちに就職する前、前職があるんじゃないですか?」
「そうですよ、こんなにも人とのコミュニケーションが上手なんだから、なんだろ? 接客業? パーサーとか似合わない?」
「いやいや。大学を出てすぐ我が社だよ」
「えー、じゃあれかしら? 日本人離れしたところあるから、帰国子女とか」
「ううん、新婚旅行のハワイが唯一のパスポート使用経験だね」
「ええー、不思議」
 これまでの会話からはとりたてて特殊な人生遍歴も垣間みられないのに、あの身のこなし。絶対に何かあるに違いない。その極意を、盗んでみたい。
 安原部長の何かを、私のものにすることができるなら、来年部下ができて上司となる私もきっと二人羽織の後ろを任せたい人ランキングで三位ぐらいは狙えるだろうから。
 
 私はある日、会社帰りの安原部長を尾行した。
 目立たないようコンサバな私服に着替えて、スーツ姿の部長をつける。やっぱり、部長は一人、会社帰りに何か、特別なことをしているに違いない。駅のコインロッカーに預けていた大きなリュックを背負い、自宅最寄り駅ではない駅で降りる。背中のリュックには何が入っているのか、重たそうではなかったけどその大きさからみて、かさばるものが入ってるはず。
 拙い尾行であったろうが、雑踏に擬態してしまえば風景に紛れて気づかれはしない。安原部長の目的地は、私の知らない都市中の公園だった。
 陽が沈みかけの公園はストリートミュージシャンや大道芸人でかしましく賑わっていた。
 宴会の演芸コーナーでも恥ずかしそうに松山千春の歌真似をする程度の安原部長が、こんなところで一体何を? 私は安原部長の何かに迫りつつある高揚感に包まれていた。すると、部長は公衆トイレに姿を消す。そして、しばらくして出てきた部長の姿は……。
「ゼロ距離フリーハグファイター、KEN」
 柔道着の背中に銀色刺繍でそんな言葉。ええ? フリーハグ?
 混乱する私を置いて、安原部長、いや、フリーハグファイターKENは淡々と景色に馴染んで任務を遂行していくように、公園に集った人たちとハグを繰り返していく。
「ほら、前テレビで見たことあるよ、芸人さんが変装してばれないようにやってた」
「なんなん? スケベなおじさんじゃないの?」
「いやー、世界平和を訴えているのよ。人類愛よ。私好きだな。行ってくるね」
「やめときなよー。あんた巨乳なんだから」
 好奇心の強い女子高生が、安原部長に駆け寄って、ハグをする。
「どうだった? スケベな感じしたでしょ?」
「ううん、全然。ピースな感じ」 
「どんな感じよー」
 安原部長の距離間上手の秘密はこれだったのだ。
 ゼロ距離。それは含みのない距離。それは相手と一体となる距離。それは身のままでぶつかりあう距離。
「フリーハーグ?」
「お願いします」
「あ、徳永くん。君、どうして」
「お願いします。部長」
 安原部長と私。ゼロ距離の中でゼロでない二人は、明日も社内で上司と部下。私は来年、上司になる。


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