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モモユキさん

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ゲス上司

17/09/11 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 モモユキ 閲覧数:237

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 課長の今崎は社内きっての若手有望株だ。来年の三月で三十歳になる。
 由美子と今崎は不倫の関係にあった。由美子は昨年入社し、今年二十四になった。由美子の若さに今崎は魅かれたのだった。
「年増の相手はもうあきあきしたよ」
 今崎の妻は三十七歳だという。かつてまだ十代だった今崎を大人の色気で骨抜きにし、今崎が社会人になるのを待って所帯を持った。
「なんていうか、勢いがないんだよね」
 今崎は妻のことをそう形容する。
 いずれ別れるからそれまで待ってくれ、という今崎の言葉を由美子は当たり前のように受け入れ、勝利した女の優越感に浸っていた。

 六本木にあるいつものバーで飲み、タクシーで麻布十番のホテルへ向かう。
 あっという間の二時間の後、クリスマスを控えた街並みを、腕を絡めて歩きながら、
「いつになったら奥さんと別れてくれるの?」
 と冗談を含んだ口調で由美子は聞いた。本心では冗談などではまったくなかったが、上司である今崎に、ものごとを強いる態度は控えるべきだった。彼の年上の妻と同じ女に堕してしまうからだ。
「手元に一億円でもあれば、今すぐにだって別れられるんだけどな」
 今崎はふざけた調子でそう言った。手切れ金ということだ。しかし現実的には裁判をして財産分与と娘の養育費を決めることになるだろうと言い、由美子のよく知る優秀な営業マンの顔をのぞかせた。
「いっそ、ぽっくり死んでくれないかなあ」
 語尾を伸ばして今崎は嘆願する。二人は声を上げて笑った。だが、由美子は彼の妻が死ぬことを望んでいなかった。そうなれば、今崎と結婚したのち、彼の娘の面倒を見なくてはならなくなる。
「それよりも、明日、あれを買ってみるわ」
 由美子は無人の宝くじ売り場を指さした。一等は七億、前後賞が一億五千万円だということは知っていた。
「当たれば、即、離婚できるでしょ」
「すばらしいアイデアだね」
 今崎は由美子の冷たい頬にキスをした。唇の熱を受け取る由美子は、本気で当たることを願った。邪魔なおばさんには、すぐにでも消えてもらいたかった。

 年が明けて、今崎の様子が変わった。
 由美子は徐々に遠ざけられた。社内でも会話は業務内容だけで、デートの誘いはなくなった。
「やっぱり不倫はやめよう。娘のこともあるし」
 問いただした由美子に今崎は暗い顔で言った。
 新しい女ができたのに気づいたのは、二月の終わりだった。相手は、年始から勤め始めた、派遣社員のまだ十九歳の女の子で、樹里という名前だった。
 背が低く可愛らしい顔の娘で、何より目をひくのが、白いシャツがはち切れそうになる大きな胸だった。少女の顔にその胸のセットは、今崎を涎を垂らした牡牛にした。
「あたしこれできないので、由美子先輩がやってくれませんか」
 外見は男殺しのいっぱしの女だが、脳みそは小学生だった。
「樹里ちゃん慣れてないから、やってあげなよ」
 今崎がぬけぬけと由美子に言った。今崎は上司である。言うことをきかないわけにはいかない。
「課長ありがとう」
 と樹里が小声で言って、今崎が彼女の手に指を絡めたのを由美子は見逃さなかった。
 あいつら許さない。ザクロのように裂けた胸から、声にならない言葉が漏れた。

 その日、始業時刻になっても今崎の姿は見えなかった。会社に連絡はきていないと、補佐の男性社員が朝礼で言った。
「昨日銀座へ行って買ってきたローズヒップティーがあるの。樹里ちゃんも飲んでみてよ」 
 十時の休憩時間に、由美子は紅茶をいれて課内の皆に配った。
 樹里が席を立ってトイレに駆け込んだのは、仕事を再開して五分ほど過ぎた頃であった。
 女子トイレには電気修理の業者の男が二人いたが、吐き気を催して我慢ができない樹里は個室に入って扉を閉めた。
 トイレに由美子が入ってきて、業者の男と言葉を交わす。
 三分も経たない内に、由美子の入った個室からは何も物音がしなくなった。
 一人の男が扉の上から中へ入る。もう一人は大きなボストンバックを取り出し、ジッパーを最大限に開けた。
 扉が開き、ぐったりとした樹里を抱えて男が出てくる。そのまま手足を折り曲げ、ボストンバックの中に入れた。
 ドアを小さく開けトイレの外を確認した由美子は、目で男に外へ出るよう合図した。

「こっちは終わったわ」
 由美子は電話をかけて相手に告げた。
「こっちは二時間前に終わってるわよ」
 電話の向こうでそう言ったのは、今崎の妻だった。
「不倫カップルの失踪事件なんて、世の中に腐るほどあるから、警察も変な疑いは持たないわ」
「そうね。これですっきりした」
 今崎の妻は毒のある声で言った。
 業者は、由美子が当てた一億五千万円の宝くじの一部で雇ったのだった。


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