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塩栗タケルさん

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社長室

17/09/10 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 塩栗タケル 閲覧数:115

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ネットの噂なんて当てにならないな。
「今は年齢や経験ではなく能力がモノをいう時代だからね。優秀な人間が会社を引っ張っていくべきだ。私が間違っていると思ったらすぐに指摘してくれよ」
いかにも人の良さそうな眼鏡をかけた中年男性。出勤初日、オレは面談室に通され直属の上司と挨拶を交わした。ブラック企業とか聞いてたわりには温そうな会社だ。
「あとね、私が残業しているからといって田島君まで残る必要はないからね。仕事が終わったら定時で帰ってくれていいよ」
ま、優しいのも今のうちだけなんだろうな。試用期間が終わったらブラックな本性が現れるとかそういうオチに決まってる。夜10時まで毎日残業とかな。
「じゃあデスクに案内するね」
こうしてオレの会社員生活が始まった。地域イベントの事務処理をするのが最初に与えられた仕事。別に難しい仕事じゃない。淡々とこなしてるうちに最初の3か月が過ぎた。
例の上司もやたらと褒めてくれた。
「いやあ、田島君はほんとに仕事できるね。資料作りも私の2倍は早いんじゃないかな」
確かに、新人のオレの目から見ても上司の手際は悪かった。客に怒られてる姿も4、5回は見た。
試用期間も無事に終わり、さてそろそろブラックな本性が・・・と思っていたが空想に終わった。普通に定時に帰れるんだ。
任される仕事も少しずつ増えてきたとはいえ常識的な量だったし、パワハラまがいのことをされるわけでもなく、例の上司以外も良い人ばかりだった。オレがミスをやらかして、イベント当日に必要な備品が届かなかった時も全力でフォローしてくれた。
やっぱただの噂だったんだな。
辞めたくなる理由なんて一つもなかったし、むしろ居心地の良さまで感じてたオレはその会社で働き続けた。入社して1年経った頃には難しい案件もたくさん任されるようになり、例の上司に関心されっぱなしだった。
「2年目でその仕事を任されるっては本当にすごいよ。私も3年前にその仕事やったんだけど、とんでもないミスしでかしちゃって・・・」
上司はいつも怒られてばかりいた。客にもだが専務や部長にも怒られていた。社長室に呼び出しを喰らうことも頻繁で、戻ってきた時には憔悴してブツブツつぶやくんだ。
「私は会社にとって価値ある存在にならなくては・・・価値ある存在に・・・」
それに上司は毎日残業していた。どうしてそんなに時間がかかるのか不思議だった。ある時、見るに見かねたオレは何かお手伝いすることはないかと尋ねた。
「ああ、助かるよ。すまないけどね、この表をデータ化してほしいんだ」
簡単な仕事だった。オレはとっとと作業を終わらして、いつも通り定時に席を立った。帰り際、上司のデスクを見るとまだパソコンに向かってキーボードを叩いていた。
こんな感じで会社勤務を続け、丸2年が経とうとしていた。自分で言うのもなんだが、会社に必要とされていると自負を持てるぐらいにはなった。廊下で社長に会った時、「田島君は我が社にとって非常に価値ある存在だ」と言われたこともあった。ブラック企業なんて全くの嘘っぱち、この会社を選んでほんと正解だったなあ。
オレが満足感に浸っていた時、事件は起きた。例の上司が自殺したのだ。
自宅のマンションで死体は発見された。報告を受けた社内で、慌ただしく葬式の準備が始まった。
黒ネクタイを締めながら、自殺したのとは別の上司と話していた時、意外な話が聞けた。
「あの人と僕は同期なんだけどね。昔はすごく優秀な人で、会社でも一番仕事ができたんじゃないかな。最近は仕事の変化についていけなくなったみたいで、社長に怒られっぱなしだったけど」
「あの社長が怒るのが想像できないんですよ。すごく優しい人に見えますけどね」実際、オレはそう思っていた。
「ああ、田島君はまだ社長室に呼ばれたことがないのか。社長が説教する時は必ずあそこでするんだ。僕も1回呼び出されたんだけど労働観とか社訓とかを叩きこまれたよ。あれはキツかった」そう言う上司の体は少し震えていた。
「あの人は真面目だったからなあ。社長の言葉を本当に信じきっていたのかもなあ・・・」
葬式はつつがなく終わり、翌日から平常業務が再開された。出社後、オレはいつも通りメールボックスを開いた。
自殺した上司からのメールが届いてた。時間指定で送られたものらしい。
オレはメールを開いた。

田島君へ
この2年間で、君は我が社にとって無くてはならない人材となってくれた。その努力・向上心を称えさせてほしい。君がいる限り、我が社は安定だろう。そして私はもう必要ないだろう。存在価値がなくなった以上、私が会社のためにできる唯一の貢献は消えることだけだ。さようなら、私のことなどさっさと忘れて仕事に邁進してくれよ。そしてもし、君が将来会社の中で無価値な存在になったら、私と同じようにさっさと死ぬんだよ。


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