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本宮晃樹さん

ふつうにサラリーマンをしております。 春夏秋冬、いつでも登山のナイスガイ。 よろしくお願いします。

性別 男性
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座右の銘 定時帰社特攻隊長

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年功序列よ、さらば

17/09/06 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:2件 本宮晃樹 閲覧数:158

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「日下部くん」とガキが尊大そうな口を利いた。「この見積書、ちゃんと計算したのかね」
「したと思いますが」実はしてない。電卓を叩いてるといらいらしてくるからだ。
 チン毛も生え揃ってないガキが俺の血と汗の結晶をひらひらさせた。「こんな傑作は見たことないな。だってこれにしたがって作業すると20%の赤字になるんだぜ」
 さっと血の気が引く。「どこかまちがってましたか」
「自分で確かめるんだな。きっと笑っちまうから」
 ちっともおもしろくなかった。こいつを作ったとき、俺は白河夜船に乗って最上川あたりを優雅に下っていたらしい。手配するトラックの仕入れ値に手数料がまったく上乗せされていないのだ。それもコンテナシャーシ八台全部がだ。ほとんどタダ働きに近い。
 これは俺が全面的に悪い。だからといってガキが憎くなくなるわけじゃない。
「なあ日下部くん。何年めだっけかきみは」
「三年めです」地獄のような。
「恥ずかしくないのかね。十六歳のガキが入社早々チーフになって、見積書のミスを――それも初歩的なミスを指摘されてるというこの状況が」
 俺はうつむいた。二十のとき、友だちに好きな娘をアルセーヌ・ルパンさながらにかっさらわれたとき以来の屈辱だ。「すいません」
「ま、早いとこ偉くなるこった」肩に手を置かれた。「いつまでも洟垂れの下にいたくはあるまい」

     *     *     *

「称賛されるべきですよ」実に憤懣やるかたない。「あのガキの喉元を食い破らなかった俺の鉄の自制心は」
 元チーフの松下さんは豪華なランチ――半額シールの貼ってある惣菜――をつつきながら苦笑している。「でもめちゃくちゃな見積もりを出したのは事実だろ」
 なぜやつの肩を持つんだ? この人だって青二才の電撃的昇進で降格の憂き目に遭ったはずなのに。「そりゃそうですけど、松下さんは悔しくないんですか。あの野郎のせいで減給喰らったわけでしょ」
 おっさんはしなびたなすの天ぷらを口に入れ、まずそうに顔をしかめた。「はっきり言わせてもらえば、あのチビは万死に値する」
「そうですよね!」信じてほしい、本気でキスしたくなった。「じゃあなんで野郎をぎゃふんと言わせてやらないんです。みんな松下さんがガキの頭上に雷を落とすのを楽しみにしてるんですよ」
 おっさんの箸が止まった。液体みたいにしなった野菜かき揚げをじっと睨んでいる。「ぼくらはあいつに……いや、ちがうな。あいつらにでっかい借りがある」
「お聞かせ願いましょうかね」社員食堂の週替わりA定食をかっ込んだ。まずい。「貸しはあれど借りがあるとは思えませんがね」
「お前は学生の時分に〈飛び級制度〉がなくてよかったと思わんか」
 痛いところを突かれた。わざと横柄に、「確かにやつらは青春を削られてる。でも少子化なんだからしかたないでしょうが」
「で、肝心のガキをこさえないのは誰たちだ?」ゆっくりとかぶりを振った。「ぼくたちじゃないのか」
「知り合った女の子からことごとく袖にされるってのに、どうやって未来の労働力を供給すればいいんですかね」
「お前みたいにまったくモテないやつは例外にしても」おっさんは必死に笑いをこらえている。ちくしょう。「ぼくらはわがままになった。ちがうか?」
 俺は口をへの字に曲げて味噌汁をすする。「わがまま?」
「子どもは作りたくない、そのくせ移民はいやがる。定年は伸ばすな、いつまで俺たちをこき使う気だ!」元上司は肩をすくめた。「しまいに未成年のガキどもをリクルートしてまで働き手をほしがってたくせに、今度はそいつがあんまり優秀だといって文句を垂れる。てめえの無能さは棚に上げてだよ」
「俺が高校生以下の洟垂れだって言いたいんですか」
「その通り」気分を害する暇もなく、おっさんは自嘲気味に補足した。「心配するな。ほとんどの大人がその範疇にいるんだから」
「松下さんも?」
 彼は胸を張って堂々と、「当然」
 顔を見合わせた。おっさんがこらえきれずに吹き出したのを皮切りに、俺たちはここ最近なかったほど爆笑した。
「やあお二人さん」例の子ども上司がB定食を盆に乗せてやってきた。「なにかおもしろい話でもあるのかい」
「まあな。お前さんがたにゃ脱帽だって盛り上がってたんだよ、坊や」とおっさん。
「年功序列は死んだ。アーメン」と俺。
「悪いけど笑いどころを教えてくれないかな」とガキ。
 本来であればこいつはクラスメイトか部活のマネージャーをたぶらかしてる年ごろだ。それを俺たちが不甲斐ないばっかりに台なしにしちまった。その埋め合わせに連中から軽んじられるのなら、喜んでそうされようではないか。
「じきにわかるさ。ま、茶でも飲めよ」やかんから出がらしを注いでやる。「これからもお手柔らかに頼みますよ、先輩」


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このストーリーに関するコメント

17/09/09 トツナン

拝読しました。
現在の部署か、担当か、それとも入社なのか……とにもかくにも3年目にして見積書の費目確認どころか縦計算もしていないことを指摘されながら、落ち込むでもなく悪態をつく主人公「俺」の堂々たる態度に頼もしさすら感じました。第三者の受け売りであろう理論を淡々と語る元チーフの諦念とも達観ともとれる姿勢や、演技臭さすら感じる十六歳のチーフの言動もどこか歪で、居心地の悪さが伝わってきました。

17/09/11 本宮晃樹

トツナンさま
コメントありがとうございます!
なんだかいろいろグダグダですいません。しかしまあ大多数の専門職でないサラリーマンなんて、みんなこんな程度じゃないでしょうか。むろんその集合のなかにぼくは含まれてるわけですが笑
ありがとうございました。

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