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吉岡 幸一さん

性別 男性
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責任の取り方と笑う新人

17/09/04 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:1件 吉岡 幸一 閲覧数:146

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「仕事を終えたらちょっと付き合ってくれないか」
 所長に背後からささやかれた新人は背筋を伸ばしながら「はい」と返事をした。
 この会社に勤め始めて二カ月が過ぎたばかりだ。もうすぐ試用期間も終わり来月からは正社員として本採用になる見込みだった。会社の雰囲気にも慣れてきて、なんとか続けていけそうだと思っていた。
 新人といってもすでに三十歳、転職を三度繰り返しこの会社へたどり着いた。印刷会社の小さな営業所で、所長と新人の二人だけしかいなかった。
 きっと綺麗な女性のいる飲み屋にでも連れて行ってくれるのだろう、と新人は気楽に考えていた。そういえば二人しかいない営業所とはいえ、まだ新人歓迎会の話もないではないか。正社員への昇格の話と合わせて新人歓迎会を開いてくれるのかもしれない。
 定時に仕事を終え、歩いて近くの繁華街にでも行くのかと思えば、所長は営業車に乗り込んだ。車ならお酒は飲まないのかな、そう思いながら車に乗り込むと所長は特に説明することもなく走り出した。もしかしたら仕事なのかもしれない。夜に客先で打合せすることだってあるだろう。新人は期待が裏切られたようでがっくりと肩を落とした。
 営業車は街中を抜け郊外に出て、やがて山道を上りそして下っていった。建物もまばらな道を進んでいくと松の林が見えてきて、舗装のされていない道の端のひらけた場所に車を止めた。
 所長は一言も話すことなく車を降りると、新人に着いて来るように顎を指図した。松の林を抜けるとそこは先の尖った崖だった。
 日もくれて空には月が輝き、波のない海に写った月が揺れていた。崖の高さは三十メートル以上ありそうだった。風がないから良かったが、突風でも吹けばそのまま崖の下におちてしまいそうだ。落ちたならきっと死んでしまうだろう。
「わざわざ君をこんなところに連れてきて申し訳ない」
 所長は深々と頭をさげるとポケットから車の鍵と机の鍵を取りだした。
「俺はここから飛び降りるつもりだ。間違いなく死んでしまうだろう。君は俺の死を見届けてくれ。そして机の中にある遺書を社長に渡して欲しいんだ」
「なんで自殺なんかを」
 鍵を受け取りながら新人は首を傾げた。入社して以来、所長の側で人となりを見てきたが、およそ自殺とは縁遠そうな人にしか思えなかった。
「明日、会社が倒産するんだ。入社したばかりの君には申し訳ないがどうすることもできないんだよ」
「倒産したら、今月分の給与はどうなるんですか」
「もちろんもらえないだろうよ。金が払えるくらいなら倒産なんてしないだろうからな」
「そんな……。でもなぜ、倒産したら所長が死ななければならないんですか」
「それは、俺が取引先から印刷代を回収できなかったからさ。その未回収金のせいで会社はまわらなくなったんだ。だから責任を取らなければならないんだ。俺が死ねば保険金が少し入るから、せめてその金を会社へと思ってな」
「でも、倒産してしまった後にお金が入ったところで、もう間に合わないんじゃないですか」
「まあ、そうかもしれんが・・・これが俺の責任の取り方なんだよ」
 所長は歯切れが悪かった。新人はいままさに崖から飛び降りようとしている所長に向って「ふうん」と、納得がいかないように言った。慌てることもなく、自殺を思いとどまるように説得することもなかった。
 所長は海を眺めるが、なかなか飛び込もうとはしなかった。引き留められることを待っているようだった。
「死んで詫びるんだ、責任を取るんだ」
 所長がなんども言い続けていると新人の携帯電話が鳴った。電話番号を見るが知らない番号だった。電話に出ると面接の時に一度だけ会った社長からだった。
「所長から聞いたと思うが、我が社は倒産することになってしまった。だが後少しだけ資金があれば会社は助かるんじゃ。どうかな百万だけでいいんだが、その金を君が出してくれないだろうか。そうすれば正社員にもしてあげるし、次の所長にもしてあげようじゃないか」
「あ、ありがとうございます。わかりました。会社を助けさせてください」
 新人は携帯電話を握ったまま深々と頭をさげると電源を切った。
「おい、社長からだろう。なんだって」
「いえ、なんでもありません。さあ、所長は早く飛び込んでください。僕が責任をもって見届けますから」
 新人は一歩前に出て所長の背中を押した。所長は悲鳴をあげると崖の端でうずくまってしまった。
「馬鹿野郎、落ちたら死んでしまうだろうが」
 新人は声をあげて笑った。のけ反りながら波の音をかき消すほどの大声で笑った。
 ポケットから二つの鍵を取りだすと海に向かって投げた。鍵は弧を描き海に吸い込まれていった。
 また就職活動をしないといけないな、と新人は思いながらも未練は微塵も感じなかった。


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このストーリーに関するコメント

17/09/05 トツナン

拝読しました。
目的不明な夜のドライブの果ては衝撃の舞台でしたね。所長と社長が「会社ぐるみ」で新人から金銭を巻き上げるには、あまりにもお粗末なシナリオと役者に思えましたが、もし自分がこの場にいたら……と思うと考えさせられました。3度の転職でこの会社に辿り着いた新人氏には気の毒としか言いようがないです。

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