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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

性別 男性
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僕は凡人なので、多分そこへは行けない。

17/09/02 コンテスト(テーマ):第143回 時空モノガタリ文学賞 【 約束 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:718

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 ◇
 創作者は常に孤独だ。

 それ故に、僕にとって高校の文芸部は、一時の休息を求める手段だった。部員同士で好きな作品を語り合い、手を叩く空間はまさにぬるま湯。
 このなかで、本気で小説に向き合っている奴は僕しかいないだろう。そう確信していた。

 ーーそんな馬鹿げた優越感を打ち砕くためなのか、ある日お前はハンマーを持って、僕の元へ現れたのだ。

 ◇
「主人公は芸術家で、自分の作品が気に入らないんです。その破壊シーンを鮮明に書きたいんで、工藤先輩手伝ってください」
 最近入部した、新入生で後輩の葉森かえでが、僕の名を呼ぶ。
「嫌だよ。面倒くさい」
「工藤先輩じゃなきゃ駄目なんです」
 その発言に周りがヒューヒューと囃し立てるので、仕方なく僕は付き合うことにした。

 校舎裏。僕がハンマーを、重ねた煉瓦に叩きつけている最中に、彼女は何気なく呟いた。
「先輩の小説、機関誌で読みました。才能ありますね」
「どこら辺が?」
 一歳年下の、つい先日まで中学生だった女子に褒められても、正直嬉しくなんてなかったーー感想を聞くまでは。

「混沌とした暗闇のなかに主人公の意志が駿馬のように駆ける。鬱屈した展開とは裏腹に、常にどこか希望を持たせる書き方が光ってますね」
「……お前に、僕の小説の“良さ”がわかるのか?」
「えぇ。工藤真司はきっと、世に名を知らしめる小説家になれると思います」
 
 葉森かえでは、他の部員とは一味違った。
 ようやく作品の真意を理解してくれる人間が現れたと、心底感激した。
 それなので僕は、柄にもなく夢を口にしてしまうのだ。
「僕、絶対小説家になるよ。約束する!」

 ◇
「葉森かえでさんが、旬芸文学新人賞を受賞しました。みんな拍手!」

 はっ?
 
 顧問の言葉の意味を、僕は瞬時に咀嚼することなんて、到底できなかった。嘘だろ。僕の小説を褒めた彼女が、僕より早くプロデビューなんて、何かの間違いだ。 

 家に帰ると、真っ先に葉森かえでのデビュー作のページをめくったーー僕は物語のラストまで一気読みすると、熱を帯びた小さな蛇が、血管を走り回っているような気分に陥る。

 そして唐突に猛烈に僕は、葉森かえでのことが憎くなった。
 僕の小説に感想を述べたのは、完全に上から目線の発言だったんだろうな。
 その証拠に、僕とは比べ物にならない才能が、今目の前に転がっている。

 何が「工藤先輩なら小説家になれますよ」だ。その発言はすべて“偽物”で、他の部員を見下して天狗になっていた僕の鼻を、今にへし折ろうと、奴は着々と計画を進めていたのだ。

 ……それから僕は文芸部を辞め、葉森かえでとも距離を置いた。
「工藤先輩の小説、面白いですよ!」
 彼女は何度も僕の名前を呼んだが、心の折れた僕にもうその声は届かなかった。

 ◇
 葉森かえではプロとして作品を出し続けたが、二年前から新作発表は途絶えている。スランプなのか、印税で一生分稼いだからなのかはわからないが。若くして文壇の女王まで登り詰めたことは確かだった。

 ーー葉森かえでは紛れもない天才だ。

 片や僕は、しがないサラリーマンとして、地道に汗水流して働いている。

 僕の部屋の本棚には、悔しいことながら葉森かえでの著作が並んでいた。別世界の人間だとわかっているのに、今でも彼女を気にかけている自分が恥ずかしい。

 ……この小説を僕の手元に残すということは、少なからず何らかの“未練”に縋っているような気がする。

「そろそろ片づけるか」
 葉森かえでが世に放った六本の矢。こんなものがあるから、僕は余計なことを未だに考えてしまうのだろう。

 本棚から乱暴に六冊を取り出し、放り投げる。
 床に散らばったそいつらに視線を向けた瞬間、僕はとんでもないことに気がついてしまう。

「最果てできみは啼く」
「ツイン ブラッド」
「叶え夢と、唄うたう」
「虹の始まりで出会う死」
「ナルシストサイン」
「レモン畑のアルジ」

 馬鹿げている、と僕は鼻で笑った。
 それと同時に、今までメッセージに気づけなかった、愚かな自分を恨んだ。

 ーー創作者は常に孤独だ。
 それでも葉森が僕に対し、エールを贈っているような気がしてならなかった。

「あぁ、もう! 馬鹿じゃねぇの!!」
 六冊の著作、タイトルの一番後ろの文字を並べると“くどうしんじ”と読めた。
 彼女は僕の名前を呼び続け、今でも待ち続けているのだ。

 ......悪いけど、葉森。
 僕は凡人なので、多分そこへは行けない。約束は果たせないだろう。

 それでもあの日、葉森かえでが僕の小説を褒めてくれた言葉が“本物”だとするのなら。

 僕の名前を呼ぶ葉森の声に、もう一度応えなくてはならない。応え“よう”としなくてはならないのだろう。


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