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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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ブラックボード・ジョーク

17/08/28 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:153

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「俺たちって、結構刹那的な生き方じゃないか?無限に書いては消され、その場だけで喜んで……たまに、この生き方でいいか考えるよなぁ」
「あるある」
 ……居酒屋『一家言』に集まったホワイトボード(以後『白板』)と、駅勤務の伝言板。そして黒板は、ひときわ大きな顔で愚痴をこぼす。
 恒例の飲み会のネタはハバネロ並みに世知辛い世の中の話だ。
「『13たす2は18』なんて間違えて答える子どもに、先生は噂に聞くチョーク投げをするでもなく、俺の上に優しい言葉を投げかけてくれる。本当にいいクラスだったんだ」
 黒板は7杯目のビールを煽る。小学校勤務歴24年、情熱に燃え、多くの児童を育てたプロ黒板として市から表彰を受けたこともあった。その彼が突然欠勤し「学校を辞めたい」と愚痴ったのは、これが初めてだった。
「だから進級する時に、俺は校長と掛け合ったんだ。俺も新しい教室に異動させてくれって。そうしたら『前例がありません』と断られたのさ。生涯一教室勤務なんてお堅いんだよ、学校の規則ってやつは」
「仕事熱心ね、黒板君は」
 帰りを急いだためか、白板にはペンの跡がくっきり残っているが、レディにそれは言わない約束だ。酔いでほんのりピンク色に染まる彼女を少し眩しく感じながら、黒板は顔色一つ変えずポーカーフェイスを気取り、新しいビールのグラスを注文した。
 しかし親友の伝言板は、黒板が少々あまのじゃくな性格だと知っている。「飲みすぎるなよ」と注意しながら、冷静沈着な彼らしい助言をする。
「終身雇用制が崩れてるのに、今どきいい職場じゃないか。素直に頭下げて戻れ。公務員のお前がうらやましいよ」
「何。黒板君転職するの?うちに来なよ、特殊メイクで誤魔化せば何とかなるって」
「白板……キャリアウーマンはいいが、ノルマ達成のグラフばかり書くブラック企業に尽くさない方が良いと思うぞ。なあ伝言板、どこかの駅で勤め先ないかな。ほら、俺大きいから、一杯伝言書けると思うんだ」
 伝言板はエア腕組みをして渋い顔をした。
「今は携帯電話があるだろう?おかげで待ち合わせに僕ら伝言板を使う人が減っているんだ」
「そうか……」
「書き違えで生じたトラブルに巻き込まれて蹴られたり叩かれたりする時もあるし、接客業はつらいぞ?仕事に夢持ったロマンチストなお前には向かないと思う」
 いざ黒板を辞めると心に誓うと、直面するのは社会の厳しさだ。好物のねぎまにかぶりつきながら、黒板は身の振り方を改めて考え直した。

   ◇

 学び舎に戻った黒板は、とある教室を覗く……いるいる。見慣れた2年生の顔ぶれを眺めつつ、はっとした。
 1×3=3、8×7=56、9×2=18……。自分ではない黒板の上に書かれているのはもっと難しい計算だ。間違えることなく解答する子どもは、ちょっと見ないうちに一回りも二回りも成長しているようだった。
「君たち……」、ないはずの胸が熱くなるのを黒板は感じた。
 黒板は教科書でない、間違いなんていくらでもあっていいんだ。胸を張って言ってきたことを子どもは守って一年間勉強してきた。黒板に書かれたことは思い出ごと消されても、生きる知恵となって子どもの将来を支えてゆくのだ。自分の役目は終わった。寂しくはあったが、後悔はなかった。
 まだまだ、黒板にはやるべきことが残っている。 
 新1年生の教室に戻って後ろの扉から入ったが、あまりの大きさにこっそりというわけにはいかず、「黒板さんが帰った!」「良かったねぇ」と次々に子どもが黒板に駆け寄ってくる。
 ……この子たちは俺を必要としている。
 黒板に何度も間違えた答えを書くとしても、俺は怒らない。
 間違いは誰にでもある。黒板だって間違えるんだ。
 もう黒板は辞めない。いつまでも子どもに優しく慕われる黒板になるべく、生涯現役でいよう……。

   ◇

 感性の豊かになった黒板は時折赤くなり、青くなり、歌を歌う時もあるが、今の生活はまずまずだ。
 変わった事と言えば、たくさんの上級生たちが一年生クラスの黒板のもとに訪れるようになったことか。その中にはもちろん、黒板の教育で育った子どもも大勢いる。黒板はいつの間にか学校の七不思議のひとつに認定されたようだ。黒板は照れて校内を逃げ回るようになり、「歩く黒板」として新たな妖怪ブームの兆しを見せている。
 今度はテレビの取材も来るらしい。今の夢は「トイレの花子さん」のような、学校の伝説に残る名黒板になることだ。そうだ、白板と伝言板には礼を言わなければ。今度は奴らの愚痴も聞いてやろう。
 黒板は最新機種のスマートフォンのコミュニケーションアプリを起動し、彼らに「飲み会やろうぜ」と伝言した。
 デジタル化して便利になったものだな。
 いつか答えを間違える人間が、世の中に必要なくなるかもしれないのが心配だ。  


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