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いちこさん

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図書室の『彼女』

17/08/28 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 いちこ 閲覧数:94

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僕の思い出話をしよう。
高校生だった頃の話だ。
あの頃を思い返すだけで、古びた本の匂いが漂い出すような気がする。

僕は不真面目な高校生だった。
スポーツに精を出すわけでもなく、勉学に励むこともなく、かといって不良行為に走るなどもせず、毎日ふらふらとしていた。
クラスの人たちはみんな何かに一生懸命だった。
部活、勉強、友達付き合い。
みんなの中にいると頑張らない自分がとても悪い人間に感じられて、愛想笑いをしながら、いつも抜け出る算段を立てていた。
そんな僕の昼休みの居場所は、図書室だった。
教室で何人かと一緒に弁当を食べたあと、さりげなく席を立つ。そして図書室の目立たない場所で漫画を眺めて過ごすのだ。
高校はそれなりに歴史のある学校だったから、図書室は広く死角はたくさんあった。
僕のお気に入りは、奥まった場所にある閉架書庫の扉の前だった。
閉架書庫と言っても、名前ほど大層なものではない。
廃教室に処分したい本を押し込んである、という様子で、扉のガラスから覗いて見ても、管理しているとは言い難い状態だった。

ある時、いつものように特等席へ向かうと、閉架書庫の部屋の足下の戸が五センチほど開いていた。
厳密に言えば、扉にもたれ掛かって座り込み、ポケットから漫画を取り出そうと身を捩ったときに気付いた。
それは、よく小中学校の教室で換気のために廊下側の壁の上下についている、小さな戸だった。
僕はそっと立ち上がると、扉のガラスから中を窺った。
室内には誰もいないことを確認して、その小さな戸をゆっくりと開けた。
そして今度は図書室で僕を見ている人がいないことを確認してから、腹這いで入り込んだのだった。

書庫は埃っぽく、それでいて懐かしいような匂いがした。
本の入った段ボール箱が壁のように積まれ、子供の秘密基地のような気分になった。
一ヶ所だけ低くなっている所を跨ぐと、壁の向こうには机と椅子が1つだけ置いてあった。
机は古びてはいたものの、綺麗だった。
それは、見た目は周囲と調和していても、その場に似つかわしくない雰囲気があった。
僕は椅子を引いて腰かけた。
目線が低くなり、より一層、段ボール箱、本の山に囲まれている圧迫感で居心地の悪さを覚えた。
もう出ようかなと思いながら、このときは本当に何も考えずに、僕は机に手を突っ込んだ。
そこで手に触れたものが、『彼女』のノートとペンだったのだ。
僕は出てきたノートを開き、書いてある文字を目で追った。
書き殴ったようでいて読みやすい文字。それは詩であり、物語であり、手紙であった。
途絶えているものが多かったけれど、それほど本が好きでもない僕を惹き付ける魅力があった。
夢中で読み進めていると、予鈴がなってしまった。
教室の時計のある方角を見上げたが、時計はなかった。そこには、半分隠れた黒板があったのだ。
僕はチョークを探し出すと、小さく
【面白かった また読みたい】
と書いた。
それからその文字を隠すようにノートを立て掛けて、教室に戻ったのだった。

次の日に図書室へ行くと、前日の戸は閉まっていた。
けれども鍵は掛かっていなかったから、僕はまた侵入を果たした。
中に入ると、僕が黒板に置いたノートは消えていた。
その代わりに、その辺の段ボールから取り出したのだろう本が立て掛けてあった。
本を手に取ってみると、そこには小さな丁寧な文字が並んでいた。
《ありがとう でもどうか見なかったことにしてください》

こうして、僕は『彼女』と短文のやり取りをするようになった。
内容は今でも覚えている。

【文章書くのが好きなの?】
《書くのが好きです あなたは読むのがお好きなんですか?》
【そうでもない でもこの前のノートはまた読みたいくらい面白かった】
《あんな書き捨てたのを見られたなんて恥ずかしいです》
【面白かったよ! もしかして司書さん?】
《違います 同じ生徒です》
【そうなんだ! 僕のことは知ってるの?】
《ノートを忘れて取りに来た時に見かけてました》
【あの時か 全然気づかなかったよ】
《人がいるから後にしようと思って まさか読まれてるとは思ってなかったです》
【声かけてくれれば良かったのになあ どんな人なのかすごく気になる あといつ来てるのかも】
《いつ来てるかは秘密です 昼休みはあなたがいるから他の時に》
【いつか会ってみたいな あと続きもぜひ読みたい】

これを最後に、僕たちの交流は終わってしまった。
翌日図書室を訪れると、閉架書庫は整頓され、書庫らしくなっていたのだ。
こっそり忍び込んでみたところ、僕たちの黒板は新たな本棚の背中になっていた。
『彼女』が何か返事をくれたのか、そうでないのかも分からない。
僕はそれきり、卒業まで図書室に通うことはなかった。


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