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plumさん

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消えない落書き

17/08/28 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:2件 plum 閲覧数:120

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 黒板に字が書けなくなったのは、算数の授業中だった。
 学級委員の小林理沙が、分数の割り算問題の答えを書こうとしたのだけれども、黒板にチョークを何度押しつけても、白い線が引けないのである。理沙は窓辺に立って外を見ている細谷先生に言った。
「答えが書けません」
「珍しいな。小林が答えられないなんて。そんなに難しい問題じゃないぞ」
「答えは分かってます。でも字が書けないんです」
「数字の書き方を忘れちゃったってことか」
 他の生徒たちが笑った。理沙はイラッとしたので、チョークをナイフみたいに握り直して、黒板を切りつけるようにこする。それでもやっぱり字は書けない。先生の表情が真面目になる。
「ひょっとして字が書けないのか」
 だからそう言ってるではないか。先生は黒板に近づき、理沙からチョークを受け取って、自分でも何度か字を書こうとしてみた。けれどもむろん字は書けない。
 先生は首を傾げながら、教卓の棚に手を突っ込み、説明書のようなものを取り出す。それを見ながら黒板をぺたぺた触っていたが、やがて謎が解けたように頷いた。
「黒板の容量が一杯になったんだ」

 電子黒板は大変便利なものだ。見た目はまるで本物と変わらず、書き心地も殆ど遜色ない。電子チョークはちびたりしないし、粉が出ることもない。ワンタッチで字を消すこともできるから、黒板消しもいらなかった。しかも黒板に書かれた内容は、自動的に本体に保存されて、いつでも見返すことができるのである。
 たちまち全国の学校に導入された。しかしまだ開発されて間もないのもあり、黒板本体に内蔵されたHDだけでは、一年間分のデータしか保存できなかった。そのため説明書の注意書きでは、USBスティック等の外部記憶装置を予め挿し込んでおく事が推奨されている。
 むろん説明書を最初に読む人は少ない。この学校も例に漏れず奨めに従っていなかった。だから容量が一杯になってしまったのである。けれども急に外部記憶装置なんて用意できない。ならば不要なデータを消去しようという事で、昼休みに学級会が行われたのだった。
「じゃあ次のやつにいきます」
 と、教卓の前に立っている篠原誠二が、理沙のほうを振り向いた。彼女は頷くなり電子黒板に手を触れる。すると日付が一週間前に変わり、黒板に過去のデータが表示された。どうやら落書きのようで、ソフトクリームのように見えるが、それを載せたコーンは描かれていない。時間を逆にさかのぼっているから、その日の放課後に書かれたものと思われた。まさか授業中ではあるまい。
「これを書いた人いますか」
 誰も手を上げない。当たり前だろう。小学六年生ともなれば、わざわざ笑いものになりたがる者も少ない。すぐに多数決になった。
「これを消してもいいと思う人は手を挙げてください」
 みんな手を挙げた。これも当然だろう。一人だけ挙げなかったら、自分が書いたと言っているようなものだ。篠原君が目配せをしたので、理沙は黒板に軽く触れた。『消しますか?』と表示されるので、『はい』の文字をタッチする。そうして紙をめくるように黒板を撫でて、次のデータを呼び出した。
 だいたいずっとこんな調子だった。授業の板書は、誰か必要な人がいない限り基本的に消してもいいと先生は言ったし、必要な人もいなかった。それ以外と言えばせいぜい連絡事項か、生徒たちの落書きしかない。もっとも時には秘密の合言葉みたいなものや、相合傘なんかも書いてあったが、やはり書いた当人は名乗り出ないし、もし明らかに筆跡で誰が書いたものか分かっても、強いて保存しておかなければいけないものなど殆ど無い。作業はどんどん進んだ。
 けれどもそれが滞った。理沙が手慣れた手つきでデータを呼び出したのだが、それをちらりと見た篠原君が、ちょっと声を詰まらせたのである。
 黒板にはまた落書きが表示されていた。日付は一か月ほど前になっており、これも放課後に書かれたものだろう。流行りの漫画を真似たものらしいが、たとえ本物を知らない者が見ても、本物と似ていないだろうことは分かるぐらい下手くそな絵だった。篠原君はすぐに気を取り直したように、皆の方へ顔を戻した。
「これを書いた人はいますか」
 やはり誰も手を上げない。けれどもクラスの何人かは、誰が書いたか知っているようで、ちらちらと窓際の方を見やっている。理沙には見当がつかなかった。篠原君が少し声を震わせながら言った。
「これを消してもいいと思う人は手を挙げてください」
 すると半数以上が手を挙げない。一体どうしてあんな絵を残したいのだろう。細谷先生もいぶかしげな顔になり、パイプ椅子から立ち上がりかけて、何かに気づいたように座り直した。窓際の一番前の席に眼を落としている。
 理沙も同じ場所に眼をやった。その机の上には、花の活けられた花瓶があった。


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このストーリーに関するコメント

17/09/12 むねすけ

読ませていただきました

生きた僕らの更新していく毎日は消すことができても、そこにしか存在しない級友の足跡を消すことはできない、電子黒板の特性が見事に物語に活かされていて、上手いと思いました

17/09/12 plum

>むねすけさん

読んでいただいて嬉しいです。
まだこちらで投稿して間もないですが、2000字でまとめることの難しさを感じています。
むねすけさんたち先輩方の作に学ばせて頂きながら、地道に書き続けていければと思っています。

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