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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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憂国の授業

17/08/27 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:5件 冬垣ひなた 閲覧数:380

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 環境調整区から出て、旧時代型の車で一時間あまり走ると、古い街並みが残るエリアに差し掛かる。
「人の居住が許されなくなって何十年も経つ場所だが、文化保護の目的で国の管理は行き届いているから、比較的状態はいいと思うよ」
 車の運転をする老人の隣で、結城は闇市で買った違法所持のビデオカメラを起動した。かつて「教師」という職に就いていた老人の人生を後世に残す事は、ジャーナリストの使命であると考えるからだ。
 車から降りると、ぬるい風の向こうに巨大なコンクリートの建物が見えてきた。結城は「学校」の塀を乗り越え侵入し、門を開いて多田を招き入れる。
「多田さん、ご協力感謝します」
「なに……取材のため危ない橋を渡る若者こそ、レッドリストに載せておくべきだろう。その手伝いなら喜んでするさ」
「国家のブラックリストに載るかもしれませんがね」、結城はこの軽口が冗談で済むよう祈った。


 学校の内部は資料通り。昔、この「教室」に多数の少年少女を集め、教師が紙の本を使って勉強を教えていた。古典的な教育が意外と最近まで続いていたことに、結城は驚きを感じる。情報規制の末に紙文化が絶え、国家のマニュアルに従い自室の端末で教育を受ける今の閉塞感こそ、信頼を重視した学校型教育が密かに注目を集めている理由だ。
 引き戸を開けると、まず窓から差し込む光に目が眩んだ。正方形に近い部屋には小さな机と椅子が整然と並び、一番前には教師用の机「教卓」が置かれている。
 その後ろの壁面を覆い、黒に近いダークグリーンの大きな板が取り付けられていて異彩を放つ。明るい室内の、そこだけが切り取られたように世界が違う。
「これが……『黒板』ですか」
 当時の授業風景が偲ばれる品だ。多田がそばに置かれた、白く小さく細長い物体を手にして説明する。
「このチョークで、教師が勉強の内容を黒板に書きながら話をしたんだ。すると子供たちがノートという紙に書き写す」
 多田は懐かしさの混じる複雑な面持ちで、黒板の上に白い文字を書いた。硬い音が響いて、多田の生の言葉が突き刺すように結城に問いかける。

『Q.第四次世界大戦における我が国の過失とは何か』

「まずいですよ、多田さん!検閲局に見つかったら……」
「大丈夫、黒板は古い道具だから通信ログも残らない」
 録画中のビデオカメラの前、老人は皺の深い顔で微笑する。
「学校には校則も多かったし、いじめもあった。問題教師もいた。しかし今よりはずっと自由な世の中だったのだよ」
「多田さんは世界史の教師だったそうですが」
「昔は憲法で国民の様々な自由を守っていたものだ。今はその歴史を知る事すら容易でないがね。ガリレオが地動説を唱えただけで宗教裁判にかけられたような、理不尽な時代が繰り返されるなんて当時は考えてもいなかった」
 多田はチョークを手に、今度は黒板に大きな絵を描いてゆく。
「教師が一生懸命授業しても、居眠りしたり弁当を食ったり、不真面目な子供は大勢いたさ。けれどそんな奴が大人になると、社長やエンジニアやミュージシャンになって……自由だから世の中が面白かった」
「怒らなかったんですか?」
「むしろ落ち込んだよ。私が書くのは所詮黒板一枚分の世界なのだと」
 多田が黒板に書き上げたのは、六つの大陸とちっぽけな島国。
「私の授業を聞かない子供は、その代わりに自由を肌で感じ取っていて、それもまた一つの授業の形だった。点数にならなくても、とても大切な勉強法だったのだよ」、多田はかみしめるように言う。


 時計の止まった教室で語り合うと、内面の似た二人はすぐ打ち解けた。盗撮も盗聴も心配のない空間が自由の意味を教えてくれる。気が付くと昼になっていて、携帯食を食べて午後の取材に移った。
 意を決して結城もチョークを手に取る。開放的になり、素顔を取り戻した多田を見て、自分も真似てみたくなったのだ。
 結城の書いた白い文字が、くっきりと黒板に残る。

『A.現在進行形の愚かさ』

 簡潔に答えた結城に、元教師の老人は苦笑した。
「手厳しいな……だが嫌いじゃない」
 良い生徒が持てたよ、と多田は嬉しそうだった。
「さて、文字はこの黒板消しで拭いて綺麗に消しておくものだが……」
「残しておきましょう、ぜひ」
 結城は少年のような明るい表情で提案した。
「今日の記念に黒板一枚分の自由を。先生」


 教室の窓の外、灰色の空を駆けあがるように戦闘機が飛んでゆく。
 止め方も知らない現実。黒板の上の自由は蟻の背中より小さい。だが黒い不安を隅々まで奔放な言葉で塗り潰すこの授業は、ちっとも窮屈ではない。
 国が兵を育てる世の中に、絶滅した民主主義の遺産を伝えねば。粉まみれの二人は真っ白な黒板に清々しい笑顔を向ける。いずれ跡形もなく消されるこの反抗が、今はとても愉快で仕方なかった。


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このストーリーに関するコメント

17/08/27 浅月庵

冬垣ひなたさん
作品拝読させていただきました。

まず、この世界観や空気感が素晴らしいですね。
近未来のディストピア観が溢れ出ていて、
大好物です。
長編小説の一片を切り取ったような、深みや
奥行きがあって、夢中で読んでしまいました。

こういう作品が書きたいな、と思いつつも、
自分には書けない嫉妬が相まっておりますが笑
素晴らしい作品でした!

17/08/28 冬垣ひなた

浅月庵さん、コメントありがとうございます。

普段書き慣れたノンフィクションの要素を取り出して、近未来を舞台にして仕上げました。世界観を一から作ったので、読まれた方にきちんと意味が伝わるよう推敲にはいつもの3倍時間をかけました。文章の組み方など色々勉強になりますね。
私こそ、浅月さんの作品を見てはいつもうらやましく思っています。これからも頑張って書きたいと思います。お読みいただき感謝します。

17/09/12 むねすけ

読ませていただきました

戦下にあってかつての平穏だった時代を顧みる場としての黒板、の存在感が素晴らしく
二人だけの反抗の気位の高さがカッコイイです

17/09/16 冬垣ひなた

むねすけさん、コメントありがとうございます。

このテーマを見たとき、アルフォンス・ドーデの「最後の授業」を思い出したのです。ラストでの黒板の使い方が秀逸な作品でした。自分でも書いていて様々な作品に影響されているのだなと思います。男同士なのでテンポの良さに気を付けたのですが、キャラクターでかっこいいと言って頂けたのは初めてで嬉しいです。

17/10/15 光石七

遅ればせながら拝読しました。
情報統制下の社会とはこれほど息苦しく緊迫しているのかと、近未来が舞台のフィクションでありながら生々しさがありました。
結城と多田のキャラクターが魅力的で、台詞一つ一つに説得力があり、作品に込められたメッセージがズシリと胸に響きました。テーマ【黒板】の使い方にも脱帽です。
完成度の高さに圧倒されました。
素晴らしかったです!

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