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みやさん

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黒板に書き殴る愛

17/08/27 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:2件 みや 閲覧数:141

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今夜はクリスマスイブだから店のメニューの黒板にクリスマスイブに相応しい洒落たメニューをチョークで適当に書き殴った。そんな洒落た料理を小さな洋食屋の店主の私が作れるはずもないのだが、大丈夫。こんなショボい洋食屋にクリスマスイブの今夜、客などきっと一人も来ないはずなのだから。私がメニューの黒板を店の外に出すと、妻が死ぬ十日前に主治医に無理を言って一時帰宅させてもらった時に飾り付けたクリスマスツリーのライトが寂しく光り輝いていた。

親父が営んでいたこの洋食屋を継いだのは、決して私が料理をするのが好きだったからではない。外の世界で苦労して働くのが嫌だったからだ。親父が生きていた頃は料理長は親父で、私は適当に皿洗いをしているだけで気楽なものだった。私が妻と結婚して親父が死んでからは働き者で料理好きな妻が料理長として働いてくれた。私は相変わらず皿洗い担当。本当に気楽なものだった。

店は全て妻まかせだった。愛想の良い妻のおかげでカウンター五席、四人テーブル二つの狭い店のランチタイムには近くの工場で働く男達で埋め尽くされていた。妻が死んでしまうまでは…

妻が倒れたのは一カ月半程前だった。末期の乳癌。手の施しようが無かった。運ばれた病院の医者に怒られた。何故こんなになるまで放っていたのか?何故奥さんの異変に気付かなかったのか?
痩せたな、とは確かに感じていた。疲れているな、とも思っていた。けれど大丈夫だから、と笑う妻の言葉を私は信じた。いや違う、無理矢理信じようとしていただけだった。遠くに住む一人息子も私を責めた。「近くにいて何故気付かなかったんだよ!」
大学卒業後、商社に就職して転勤族を理由にこの店に寄り付きもしないお前に言われたくない、と私は思ったが、それで良いとも思う。私の様にこの小さな洋食屋に縛り付けられる事はない。

妻はそれから一カ月程の緩和治療という名の死をただ待つだけの入院生活の後に死んだ。クリスマス用のお洒落なメニューを考えなきゃね。それが妻の最後の言葉だった。二週間前に妻が死んでから私は店を開ける気にもなれなかったけれど、クリスマスイブの今夜は開けなければいけない様な気がした。客など一人も来ないだろうし、これから先もう店を開ける事は無いだろう。

19時にそろそろ店を閉めるかと思い立ち上がると、カランと店のドアの鐘が鳴って若い男の客が店の中に入ってきた。
「まだ大丈夫ですか?」最後の客だ。喜んで。
「もちろん大丈夫ですよ」
「店の外の黒板のメニュー、すごく美味しそうですね」私には作れないけどな。もし注文されたら近くのスーパーに駆け込んで、クリスマス用の惣菜を買って来て適当にそれらしく皿に並べようと考えていた。
「…でも、オムライス頂けますか?」オムライス…私の唯一の得意料理だ。私は胸を撫で下ろした。

オムライスを作るのは久しぶりだった。オムライスだけではなく、料理をするのが久しぶりだった。今まで全て妻に任せきりだったから…全て。
出来上がったオムライスは完璧だった。私の腕もまだまだ衰えていないな。
オムライスをテーブルに運ぶと若い男は一口口に入れて美味しい、と呟いた。
「奥さんが言ってましたよ。うちの夫は今は料理もしないけど、夫の作るオムライスは絶品だって」
「…妻を知ってるんですか?」
「一年程前から、私の務める病院に旦那さんには内緒で通院されていたんです。奥さんが倒れられた時には別の病院に運ばれたので私が診察する事は出来なくなってしまったのですが、奥さんから連絡を頂いて何度かお見舞いに伺っていたんです」
「通院って…もしかして…乳癌?」

妻は一年も前から自分の病気の事を知っていたのか?それなのに何故私に話さなかった?その時なら手術や治療も出来たかもしれないのに?
「一年前の初診の時から手術は出来ない進行状態でした。抗がん剤治療を勧めましたが、奥さんはきっぱり断りました」
「何故…」
「治療をしても予後が少し伸びるだけだし治療や入院で店を開けられなくなる。何よりお金が掛かるから夫に迷惑を掛けられないと仰っていました」

自分の身体の事よりも皿洗い担当の情けない男の心配をするなんて、なんだか妻らしいと思えた。働き者の妻らしい最後だと…
美味しかったです、また来ます。そう言って若い男の医者は帰って行った。私は店の外の黒板を中に入れてクリスマスツリーのライトをそっと切った。

次の日私は早くから店の外の妻が飾り付けたクリスマスツリーを片付けた。来年も飾ってやるからな…
黒板には本日のランチメニューを書き殴った。これから先これしか満足に作れないかもしれない。だがそれでも良いと思えた。黒板にはこう書き殴った。
ー本日のランチ 妻が好きだったオムライスー


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このストーリーに関するコメント

17/08/27 浅月庵

みや様

作品拝読させていただきました。
無気力さを感じさせる主人公の店主が、
前向きに希望を取り戻すラストの描写が
秀逸でした。
良い作品だと思います。

17/08/29 みや

浅月庵 様

コメントありがとうございます。
不器用な店主の愛情表現が妻に届くと良いなと
思っています。

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