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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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朱夏の償い

17/08/27 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:4件 野々小花 閲覧数:269

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 第三次世界大戦が始まったのは、あの昭和の戦争が終ってから、ちょうど九十年目のことだった。
 当時、僕は大学生になったばかりで、将来は教職に就きたいと考えていた。自分が得た知識を伝えたい。子供たちに学ぶことの素晴らしさを知ってもらいたい。そういう、夢を持っていた。

 三年が経っても、戦争は終結する気配を見せなかった。男たちが兵隊として次々と駆り出されていく。僕は最高学府にいたおかげでその対象にはならず、教授のすすめで大学院への進学を決めた。
 毎日、学ぶことがたくさんあった。学ぶたびに、自分の夢からは遠く離れていくのがわかる。それでも、僕は学ぶことを辞めなかった。

 大学院を卒業して、ひとに教える立場になった。教室は殺風景な部屋で、生徒たちの机と椅子、それから僕が使う黒板があるのみだった。
 黒板は、僕が慣れ親しんだ電子黒板ではない。チョークで書き、そしてすぐに消せる昔ながらのものだ。
 僕が教えるのは、中学を出たばかりの子供たち。生徒は皆、優秀だった。そいう子供を政府が集めたのだから当然のことだ。
 毎日、人の殺し方を教えた。簡単な絞殺の方法。人体のあらゆる急所について。薬殺に使う植物の種類とその育て方。黒板には、いつも残酷な言葉が並ぶ。
「先生は子供の頃から、先生になりたいと思っていたんですか」
 集団の中でも特に秀でた生徒だった。第二次性徴特有の、かすれた声をしている。
「教師になろうと決めたのは、高校生の頃だった」
 声変わりがとっくに終わった、だけどあまり男らしくない声で答える。
「じゃあ、今の自分たちと同じ頃ですね」
 かすれた声は、どこか優しい。
「先生、ぼくは、物を作るひとになりたかったです」
 幼い頃に、旅行先で見たガラス細工の美しさに心打たれたという。伝統工芸品だというその小さなガラス細工を、彼は見せてくれた。繊細な模様が施された、とても綺麗なものだった。

 最後の日、僕は黒板に「作戦の失敗とはイコール死である」と書いた。「たとえ成功しても、敵に捕まれば潔く自らを処すべし」とも書いた。子供たちのほうを見ずに、僕はただ、黒板を見ていた。彼らの目を見ることが、僕にはできなかった。
 翌日、生徒たちは戦地へと赴いた。
 そうして、また、次の子供たちに僕は教える。
 何度、戦場へ行く子供たちを見送ったのか。繰り返すうち、わからなくなった。戦争は終らない。泥沼化していく一方だ。
 友達が何人も死んだ。昔の恋人も死んだと聞いた。それでも、僕は生きている。生きて、黒板に「殺せ」と書き続けた。僕が教えたかったのは、黒板に書きたかったのは、こんなことでは決してなかった。

 敵国の首都攻略を目指した作戦が失敗に終わり、多数の犠牲を出したらしいと知ったのは、夏の盛りのことだった。
 それから間もなくして、戦争は終わった。
 僕の手元には、送り出した生徒の遺品がいくつか届いた。
 うす汚れた小さなものを指でこする。なかなか汚れは取れない。傷がついている。少し欠けてもいる。でも、間違いない。これは、あの日、彼が見せてくれたガラス細工だ。
 
 殺風景な部屋に、いくつかの机と椅子がある。そして、黒板がある。戦争が終わって、僕はもう、黒板に耐えがたい言葉を書かずに済む。
 本当に教えたかったことを、これからは書ける。でも、その資格が自分にないことは、僕自身が一番よくわかっている。
『物を作るひとになりたかったです』 
 とても優しい声だった。でも、何かをあきらめた声だった。
 彼のかすれた声が、いつまでも僕の耳に残って、消えない。



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このストーリーに関するコメント

17/08/27 あずみの白馬

拝読させて頂きました。
戦争に飲み込まれてゆく、先生と生徒が悲しかったです。

17/08/28 野々小花

あずみの白馬 さま

黒板に本来書くべきことは何か。考えていたら、戦争の話になりました。
コメントとても嬉しかったです。ありがとうございました。

17/10/15 光石七

遅ればせながら拝読しました。
本当に教えたかったこととは違うことを教えねばならなかった主人公、自分の本当の夢をあきらめて戦地に赴いた生徒たち。
かつて日本で起こっていたこと、そして今も世界のどこかで行われていることのように感じ、胸が痛みました。
「殺せ」とか「死ね」とか、先生が黒板に書くべき言葉ではないですね。与謝野晶子の「君死にたまうことなかれ」を思い出しました。
読後、あまりに切なく悲しくて、しばしパソコンの画面を注視していました。
素晴らしい作品でした!

17/10/18 野々小花

光石七さま

読んでいただいてありがとうございます。
毎年夏になるとテレビでも戦争についての特集が多くなり、考えさせられます。
遠い世界のことではないという思いから、今の時代から約二十年後の日本で戦争が始まるという設定で書きました。
コメントとても嬉しかったです。ありがとうございました!

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