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浅月庵さん

笑えるでも泣けるでも考えさせられるでも何でもいいから、面白い小説を書きたい。

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獣ボタン

17/08/25 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:303

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 ◇
 ついに僕は、憎き蒲田課長を屈服させる“ネタ”を手に入れた。
 こいつを使えば、奴も観念するに違いない。そう確信していた。

 ーー課長は僕の呼び出しに応じ、神妙な面持ちで会社の屋上へと上がってくる。
「なにか用か?」
 僕はポケットから携帯を取り出すと、一枚の写真を画面に表示させた。
「課長、聞きたいことがあるんですけど。ここに写ってるの、課長と……どなたでしょうか」
「ん?」
 課長は目を凝らし、僕の手元を見つめた。
「これって、奥さん“じゃない”ですよね?」
 画面には見慣れない女性が課長と腕を組み、街中で楽しそうに笑い合っている光景が映し出されていた。
「これは......」
 僕は課長の態度を見て、ここぞとばかりに言葉の銃をブッぱなすことに決めた。
「課長ともあろうものが不倫ですか? 信じられないです」

 我慢の限界だったーー。
 課長自身のミスを擦りつけられ、ゆとりだと馬鹿にされ、説教地獄の毎日。
 僕は課長の弱みを逆手に取って、日頃の恨みを惜し気もなくぶつけてやると決めていたのだ。

「沼木くん、なにが望みなんだ?」
「あっさり認めるんですね」
「……」
「理不尽に僕を怒鳴るのをやめてください! それに、いつも僕に自分の仕事も押しつけるんだったら……給料上げてください!!」
「悪いが、そんな物言いをしているつもりはない。すべてきみの将来を思っての助言だ。それに、きみの給料を決める権利は、私にはない」
「そう言うしかないですよね」僕は携帯の写真データをメールに添付すると、宛先を入力した。「それじゃあ、僕のことをストレス解消の道具にしていたと認めろよ。でないと、他の社員にこのメール送信するぞ」
 このような場面でも、自分の非を認めず、僕のことを責め立てるんだ、こいつは。

「沼木くん。興奮しているところ申し訳ないのだが、その写真は“きみの思っているようなもの”ではない」
「しらばっくれるなよ。これはどう見たって」
「信じてもらえないかもしれないが、その写真に写っているのは私の“妹”だ。恥ずかしい話だが、この歳になっても仲が良くてね」
 僕は鼻で笑った。心の底からこいつを軽蔑した。
「課長、ハハハ。さすがに苦しいですよ、その言い訳。さっさと認めろよ!」
「本当のことだ」
「そこまで言うならわかりました。この写真、みんなに送りますからね?」
「全員とまではいかないが、社員の何人かは私の妹と顔を合わせたことがあるからね。最初は驚かれたとしても、誤解はすぐに解けるだろう」
 こいつ、涼しい顔で何を言ってるんだ?
「押すぞ! 良いのか? 本当に送信するぞ!?」
「まるで理性を失った獣みたいで、少し怖いぞ。沼木くん」課長が口角だけ上げて、僕の目を真っ直ぐ見た。「私は“押せ”と言っているんだ」
 僕の手から携帯が滑り落ちた。眼前の光景が、地震でもないのにグラグラ揺れて止まらない。

 ハッタリなんかじゃなかったんだ。僕は虚像の証拠に喜び、課長に好き放題言ってしまった。
 ……いくら課長の日頃の行ないが目に余るものだったとしても、最早こんなガラクタは、武器になるはずなんてなかった。

「課長、あの……」
「あぁ、そうだ。こいつを持ってきて良かったよ」
 課長はスーツの胸ポケットから、ボイスレコーダーを取り出した。
「それは……」
「沼木くんの“相談ごと”が始まる前から、ボタンを押しておいたんだ。きみの発言はいわば……脅迫だね」
「そんなつもりは!」
「嘘のネタで強請って、金寄越せ?だっけか。酷いじゃないか、沼木くん」
「僕はただ、給料を上げてくださいと」
「給料上げてほしいんだったらさ、もっとスキル磨かなきゃな。沼木くんにはその理屈、わかるよなぁ?」
 課長の右手が、僕の肩を力強く握り締めた。

 ーー僕は黙って頷くことしかできなかった。

 ◇
「助言のほどありがとうございました」
 他の社員がいなくなったオフィスで、蒲田課長が何者かに礼を述べて、頭を下げた。
「プライベートを楽しむのは結構だが、脇が甘いぞ」 
「部長から事前に、私の“不貞”について嗅ぎ回っている社員がいると聞かなければ、危ないところでした」
「上手く宥められたか?」
「えぇ。愛人を私の“妹”ということにして、なんとか」
「随分、強引だな」
「あの馬鹿、すんなり信じ込んだみたいなので、問題ないかと」

 ……蒲田課長が去った室内で、部長が溜息を吐いた。
 彼は課長からの一連の報告をメールに書き上げる。
「上司に対する“報連相”が大事ってか。もうあいつ、駄目かもわからんな」
 部長が、メールの送信ボタンにカーソルを重ねる。
 マウスのクリック音が鳴ると、社長宛のメールが発射された。

 ーー後日、蒲田は解雇され、彼は獣のように狂い叫ぶこととなった。


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このストーリーに関するコメント

17/10/23 光石七

遅ればせながら拝読しました。
「僕」の上司は課長、課長の上司は部長、部長の上司は社長。
上下関係の連鎖と二転三転する展開が面白かったです。
タイトルもセンスがあっていいですね。
楽しませていただきました。

17/10/24 浅月庵

光石七様
そうなんです、上司のそのまた上司、みたいな。
徐々にラスボスへ繋がっていく連鎖を書きたかったので、
触れていただけて嬉しいです!
タイトルもシンプルでありながらこだわって
決めたので、良かったです。
ありがとうございました!!

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