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あずみの白馬さん

成人済 アイコンは天乃ゆうりさん作成(無断転載を禁じます) 自分なりの優しい世界観を出せるように頑張ります。 好きな作家は飯田雪子先生です。若輩者ですが、よろしくお願いします。 Twitter:@Hakuba_Azumino

性別 男性
将来の夢 旅立つときには、ひとりでも多くの人に見送られたい。
座右の銘 「これでいいのだ」

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伝わらないはずのメッセージ

17/08/25 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 あずみの白馬 閲覧数:272

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 どこにでもありそうな田舎町に、元は高校だった校舎がある。
 廃校から五年近く、たまに映画やドラマなどの撮影に使われていたのだが、市議会で道の駅として整備することが決まった。

「次の教室で最後か……」
 僕は市の職員。今日は損傷状況を調査するために校舎に来ている。
 朝方から作業をスタートさせたのだが、事細かに記録していくと、気づけば既に夕方になっていた。
 撮影に使われた教室の他は手付かずで、面影をよく残している。かつてここに通っていたので感慨深い。
 次の教室は、僕がいた文芸部の部室だった場所だ。そこに入ると、黒板にはあの日に書いた伝えられなかった言葉が残っていた。
 それがトリガーとなったのか、僕は高校生の頃を思い出していた。

 ***

 僕と由紀、二人だけの文芸部。小さな部誌を作ったりしてそれなりに充実した日々だった。

 由紀はかわいくて、よく気がつき、一緒にいるとホッとする、そんな雰囲気を持っていた。

 小学生の頃から、よく二人で遊んでいたから、いつの間にか一緒にいるのが当たり前で、それを意識することもなかった。
 あの冬の日までは。

 その日は雪がちらついていた。由紀は、妙にもじもじと落ち着かない。
 僕は何かあったのかと思って聞いてみると、絞り出すような声で答えた。

――彼氏ができたの

 その瞬間、心がきしんでいくのを感じた。口では「おめでとう」と言ったが、いままで近くにいた彼女が、急に遠くなっていくようだった……。

 その後、由紀は遠慮がちに彼氏の話をした。とても積極的にアプローチしてきて、四月から東京で同棲することまで聞いた時には絶望感しかなかった。

 季節は過ぎ、あっと言う間に卒業式の日。

 式が終わって、僕と由紀はこの部室で別れを惜しんでいた。
 僕は本当の気持ちを伝えたいと思った。けれど、彼女の幸せを思うとそれはできなかった。
 午後になり、由紀は引っ越しの準備をするため、先に帰った。

「東京に行っても元気でね」

 こう言うと、由紀は少し不安げな笑顔を見せたのを覚えている。新しい暮らしが不安だったんだろう。

 一人きりになった部室、僕は悔しながらに、黒板に書きつけた。
『由紀、好きだ』
 その後、涙ながらに学校を後にしたのを覚えている。

 それから四年半以上の月日が流れた。僕は新しい出会いもないまま、ルーチンワークをこなしていた。ところが……。

 三カ月前のある夜、突然由紀が僕の家にいきなり来た。驚く僕に、由紀は泣きながら詰め寄ってきた。
「私のことが好きだったの? それならあの時に奪い取ってくれたらよかったじゃない! そしたらこんな思いしなかったのに!」
 いきなり訳のわからないことを言われ、僕はどうしていいかもわからないまま、由紀を家にあげた。
 
 話を聞くと、同棲相手に二股をかけられて捨てられたらしい。
「あの時あなたに告白されたら、こんなことにならなかったのに!」
「けど、由紀はもう彼氏が……」
「彼氏のこと半信半疑だったの、わからなかったの?」
 あの時見せたどこか不安げな顔は、そういう意味だったのか……、都会暮らしが不安なものと思っていた自分を恥じた。

「私ね、もう死のうと思ったの。天国に行く前に故郷を見ようと思って、それで高校が懐かしくて入ったら……」

 そこまで言って泣き出してしまった。僕は、なぜそうしたのかはわからないが、由紀を抱き寄せて言った。

「由紀、好きだ」
「うれしい……」

 わかっているのは、黒板に書いたあの文字が、僕たちの心を時計の針を五年前に戻したことだけ。

 気がついたら、二人で朝を迎えていた。

 ***

 われに返って黒板の字を見ると、僕の字の横に小さく
『なんで言ってくれなかったの』
 と、由紀の消え入りそうな字が書かれていた。

 僕は黒板消しを手に取り、二人の文字を消した。消さなければならなかった。

 夜、家に帰ると妻が夕食を用意していた。
「ただいま、無理しなくていいのに」
 そのからだには新しい命が宿っていた。
「だって、まだ三カ月だし、あなたにすっかり甘えちゃったから、頑張らないと」
 そう言ってほほえむ妻、由紀。

『できちゃった結婚』となり、彼女は僕の妻となったのだ。

 夕食を食べながら、今日、廃校に行った話をした。
「あら、あの部室に行ったの?」
 由紀は顔を赤らめた。
「だって調査だもの、行かないと。あの字は消して来たよ」
「どうして?」
「時計の針を進めるためさ。あの日で止まった僕たちの時間、動かさなければならないからな」
「……そうね」
 まだ傷ついた心は癒えていないけど、由紀は満面に近い笑みを浮かべていた。

 黒板の文字に書かれた思いを互いの心に刻んで、今度こそ幸せに向かって進もうと思う。


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