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ゾンビ体操

17/08/21 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:139

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「あー、えー、鈴木です。……」
「もっと声大きく!」
 20代の女社員にキーキー叫ばれて、鈴木順平は驚いて目線をあげた。パートのおばさんたちの週刊誌色の目が鈴木に集まっていた。
「鈴木です。本日からお世話になります。よろしくお願いします」
 高校生が作ったロボットでもできそうな拍手が無機質に小さな工場内に響いた。鈴木はマスクの内側でため息をつき、後ろへ下がった。
 あの鈴木は鈴木部長に違いない、山本浩太は後ろの方から朝礼を傍観しながらすぐに気付いた。山本が以前勤めていた会社で直属の上司だった鈴木が突然あらわれたのだ。
 その会社は三年前に倒産した。葬式のようなみんなが主人公の送別会で別れたっきり二人は一度も顔を合わせたことはなかった。
 ゾンビのようなラジオ体操が終わると、パートのおばさんたちはキビキビとトイレに散っていった。山本は、うつむいて突っ立ったままでいる鈴木に近づいて行った。
「鈴木部長、じゃないですか」
 鈴木はチラッと目をあげて山本を見た。
「まいったな。部長って呼ばないでくださいよ」
「何を言ってるんですか、部長はいつまでも僕の部長ですよ」
「いや、頼みます。この通りです」
 鈴木は頭を下げて、幽霊のように山本から去っていった。山本は、鈴木の小さくなった背中を見ていると送別会後の三年間がなんとなく見えてくるような気がした。

「山本!ちょっと来い、至急!」
 鈴木の声がオフィス内の空気を一瞬にして凍り付かせた。
「あ、はい」
 山本はキューと縮む胃に酸素を送り込みながら、顔を真っ赤にさせた鈴木のもとに走った。
「なんだ、この報告書は、説明しろ。一分やる」
「あ、それは……その、」
「もっと声大きく!」
「それは、不良品が混じっていることが先月の初めに分かったのですが、取引先のA社はこれでいい、と言ってきたので、そのままにしました。それが今月になって、急にA社から不良品が混じっていたとクレームが来まして……」
「馬鹿者!」
 山本は震えあがった。
「すみません」
「今すぐA社に行く。お前もだ。すぐに飛行機を手配しろ」
「あ、はい」

「すみません」
 鈴木がパートのおばちゃんに頭を下げていた。
「なにやってんの、もう、ちょっと邪魔」
「すみません」
 山本は鈴木を助けたいと思うものの、それは不可能なことであった。相手はA社ではない。相手はパートのおばちゃんだ。勝てるわけがない。

「おい、自分を正当化するようなことは絶対に言うなよ。ただ謝れ。わかったか」
「あ、はい」
 飛行機は着陸態勢に入っていた。
 山本の緊張は絶頂に達していた。胃袋が口から出てくるのを抑えるのに必死だった。
「大丈夫。オレがいるから」
 鈴木はネクタイをキツクしめながら断言した。

「ちょっと、山本くん、おそい。おわんないわよ、まったく」
 お前は何様なんだ。お前はオレの上司でもなんでもないだろ、と山本はパートのおばさんに吐こうとしたが、グッと呑みこんだ。
 20代の女社員は相変わらずキーキー騒いでいる。
 20代の男社員はゾンビのような目でパートのおばちゃんの論理に振り回されている。
 室温10度。
 今日は晴れているのか、曇っているのか?暑いのか、寒いのか?
 今日は何曜日なのか、今は昼なのか夜なのか?

「あの、部長、今日は本当にすみませんでした」
「あ?なんのことだ。オレはもう忘れたよ。さ、飲め飲め」
 鈴木は山本のグラスにビール注いだ。
「お前ん家のセガレ、今いくつだ」
「来年から小学生です」
「おう、そうかそうか。たくましく育って、結構じゃないか」
 山本が赤い顔で優しく微笑んだ。
「さ、飲め飲め。こんな日はアルコール消毒せんとな。ははは」

 翌日。工場に鈴木の姿はなかった。
 ゾンビ体操を今日も繰り返している。
 この工場における鈴木の上司は誰だったのか?山本は体操してるふりをしながら考えた。
 鈴木のことを本気で殴り、本気で抱擁できる上司は誰だったのか?
 実務能力は高いが、超近眼のキーキー娘か?
 残業に美を感じているあのゾンビ男子軍団か?
 やりたい放題のパートのババアか?
 ザ・天下り、って感じの工場長か?
 それにしても、昨日いたあの鈴木というおっさんは、一体誰だったのか?


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