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W・アーム・スープレックスさん

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将来の夢
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花の伝言

17/08/20 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:157

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 警邏をおえて帰ってきた山田巡査は、ある種の予感に心を躍らせた。しかしわざとその気持をもみけしながら、交番横に自転車を置くと、これまたわざとらしく厳めしい表情で交番に入っていった。
「ごくろうさん」
 巡査部長の黒部が、最近中年太りでふくよかになった顔で、山田を迎えた。その目が、かすかに笑っている。
 山田はすぐに、黒部のいる机の端に目をやった。そこには、青い花瓶に生けられた、数輪の花が匂っていた。
「私もいま、帰ってきたばかりなんだ」
 きかれもしないのに黒部はいうと、それとなしに壁の黒板を目で示した。
―――朝と夕方、お水をあたえてください。
 いつものように、余計なことはいっさい書かずにただ、この花の水のやり方だけが書いてあるのに山田は嬉しそうに目をちかづけた。
 これまでの花が、萎れたなと思っていたら、きょう、新しく花が生けられていた。
 交番に花が飾られるようになったのは、いまから半年ほど前のことで、新米の山田が着任してまもなくのことだった。なれない交番勤務にとまどい、なんでも相談しろと年長の黒部巡査部長にいわれても、悩みをうまくうちあけるすべがみつからないままやっていたとき、突然花瓶とともに花が交番にあらわれたのだった。
―――ちょっと殺風景なので、いろどりを添えられればと。
 その花をひとめみた山田巡査の、感激はひとしおではなかった。白壁と、スチール机と、トイレのドアだけに囲まれた職場に、花は、まるで若い女性が出現したかと思えるまでのインパクトを彼に与えた。
 花はそれからも、ほぼ三週間に一度、飾られるようになった。
 一市民の善意だろうと黒部はいった。しかしその一市民が誰なのか、いまだにわからなかった。わかっているのは、二人が警邏にでかけている間に、それは飾られるということだった。もっとも、二人体制とあって、交番が空になる時間はいくらでもあり、善良な一市民にとって、花瓶に花を生ける機会はおそらくふんだんにあったにちがいない。
 花が飾られるようになってからというもの、山田巡査の態度にあきらかな変化がみられた。勤務を忠実にこなすというのから、どこか態度に余裕がうまれ、交番を訪れる市民とのやりとりにも、それまでの杓子定規なものから、相手を思いやるゆとりがめばえていた。それまでは交番前に立って、行来する人々の観察はどちらかといえば機械的だったのが、それからは一人ひとり、親しみをこめて観察するようになった。
 彼はそして、いつも夕方時分に、商店街の方からやってくる一人の、若い女性の存在に気づいていた。その女性は、山田と視線があうと、にこりと笑みをうかべた。
 彼はひそかに、あの花は彼女が………と思うようになっていた。花をみるたびに、彼女の顔がその上に重なってみえた。彼はそして、一度は彼女に声をかけて、花のお礼がいいたかった。
 しかし、それからもなんどとなく、目の前を彼女が通りかかっても、なかなかその一声がかけられずにただ、心の中でありがとうとつぶやくだけの自分がもどかしかった。。
 考えたあげく山田は、花が新しいのにかえられる時分をみはからって、黒板にコメントを書いておこうと思った。なんども書きなおしては、せまい交番内にチョークの粉をまきちらしながら、ようやく書き上げたのが、
―――いつもきれいな花をありがとうございます。花とともにすごすほのぼのした喜びを、はじめて知りました。山田
 市民との交流を第一に、が口癖の黒部巡査部長は、山田巡査の記した黒板のメッセージを目にすると、なんどもうなずきながら、しかし言葉にはださずに優しく笑った。
「まあ、元気に育っていること」
 ある日の午後、年のころは五十がらみの婦人が交番にはいってきた。山田も黒部もそのときは在中していて、まじまじと花にみいる婦人を、そばから黙ってながめていた。
 山田は、もしやとお思って黒部と顔をみあわせた。黒部は口をすぼませて、ちがうだろうとちいさく首をふった。それでもまだ山田が疑っているのをみて彼は、
「これ、お宅さんが―――」
「え」
 婦人は、といかけの意味がわからないのか、眼鏡のなかの目をきょとんとひらいただけで、それからもしばらく花を愛でたのち、やがて帰っていった。
「あの人ではないと思うよ」
「いえ、あの人でも、感謝の気持は同じです」
「同じって、誰とかね」
「あ、いいえ」
 花が、なれない交番勤務で、ストレスを抱える新米巡査を癒してくれているのをみて、黒部は満足そうに若い山田をながめた。彼が勘違いしているあの若い女性は、じつはこの花を売っている花屋の店員さんだった。山田は自分にむけられた笑みだと思いこんでいるようだが、本当のところは、いつも花を買いにゆく自分にむけられたものだということを、もちろん黒部は口にはしなかった。


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