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サヨナラマタネ

17/08/19 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 kanza 閲覧数:131

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「君たちは死んでしまったのですか?」

 美術室の窓の向こうに見える姿は、緑に覆われることも、薄紅に包まれることもないまま、校門の横で佇んでいる。

 ねえ、地震で激しく揺れたからなの? 
 それとも津波で塩水に浸かってしまったから?

 私がこの中学に入学して1年が経とうとしていたあの日から、君たちからは力が消えしまったままだ。
 ふと、入学式に校門の前で、はしゃぎながらみんなと撮った写真が頭に浮かんできた。
 校門の横に並ぶ大きな木々は、私たちを歓迎してくれているかのように、花を咲き誇らせてくれていた。時より舞い落ちてくる花びらは、祝福の紙ふぶきのようで、胸がはずんだ。
 その時の光景が今でも鮮明に蘇ってくる。

 だけど、あの桜はもう……。

 と突然、ガラガラと戸が開く音がし、振り返れば、頭に白髪が少々見え始めた先生が顔を覗かせている。美術部の顧問である大石先生、その手には何やら大きな手提げ袋がある。続いて現れた男子。先生のクラスの生徒だろうか。彼らが2人がかりで持っているのはベニヤ板? 畳みほどの大きさのものを何枚か重ねて持ってきたようだ。
「先生。なんですかそれ?」
 私の声に、先生は無言のまま、にやりと微笑んだ。



 先生に、「ついでだから、お前らも手伝え」と言われた男子は、6枚のベニヤ板にサウンドペーパーをかけている。かけ終わった板の全面に、遅れてやってきた唯一の美術部仲間であり後輩の美奈ちゃんと私が、指示されるがままに刷毛を往復させていく。塗ったものが乾くのを待って同じ工程をもう一度繰り返した。



 先頭にたって作業をしていた先生が大きく伸びをし、
「よっし。完成だ」

 これで完成?

 そこには黒塗りした板が6枚あるだけだ。きっとみんなの頭にも『?』が浮かんでいる。そんな中、先生は袋へと手を伸ばし、ほれっ、と何かを投げてきた。
 両手でキャッチし、手を開くと同時に声がもれた。「これって……」
「ほら、それでそこに何か書いてみろ」
 手にしたのは毎日に目にしているものだ。とにかく言われるがままに、それを黒い板に走らせた。板に残る白い線。これって――「黒板?」
 向けた視線の先で、にっこり笑顔がこくりとうなずいた。
 刷毛で塗ったあれは黒板になる特殊な塗料だったようだ。男子たちが、すげえ、と声をあげながらチョークを手にとり、黒板の上で踊らせ始めた。美奈ちゃんも声を上げながら手を動かしている。
「はい、はい」、と先生が手を叩き、「お遊びはそこまでにして、本番といこうか」

  ☆  ☆  ☆

 傾きかけた日を浴びながら、私たちは黒い板を見つめていた。
 2日がかりで土台を作り、6枚の板が横一列に並んでいる。白と淡い紅色だけで描いた桜。手でこすったりすることで濃淡やぼかしを作り、我ながらモノクロ写真のように味わいのある作品ができたと思う。
 脳裏に、今朝の新入生たちの姿が浮かんでくる。
 黒い板に咲き誇る姿に、校門をくぐった彼らは足を止め、声を上げていた。その光景を校舎から窓越しに見ていた私たちは、両腕を上げ、
「よっしゃ!」
 お互いに手のひらを合わせた。いくつも鳴った心地いい響きが、今も胸の中に蘇ってくる。

 ふと、視線を横に向けると、先生は板のさらに上、そこに見える大樹を見つめていた。
 暖かな日差しの中でも、枝しか見えない姿はどこか寂しげに見える。

 いつの日か、君たちは再び咲き誇ってくれるのだろうか。それまでは……君たちに比べたらちっちゃな板だけど、これが新入生を迎えてくれると思う。そうであってほしい。
 来年はよろしくね、美奈ちゃん。

 先生は一歩足を前へと踏みだすと振り返り、お疲れ様でした、と私たちに向かって頭を下げた。私たちも同じ言葉を口にしながら頭を下げた。
 頭を上げると、先生の声が響き渡る。「準備!」
 向きを変えて歩を進めた先生にならい、私たちも動きだす。黒い板の目の前に並び、腕を上げて構えた。
 先生が、ふうーっと大きく息をはきだし、手にしているものを黒板へとあて、
「お疲れさん」
 腕を上から下へと力強く動かした。
 男子たちからも声が聞こえてくる。寂しさをふっ切るように、じゃあな、と声を張り上げながら腕を動かしている。横からは、バイバイ、と少しかすれた声も聞こえてきた。
 私も黒板消しを目の前へと押しあてた。でも、目に映る思いをこめた花々に腕が固まってしまう。
 耳の奥から、先生がふと漏らしていた言葉が蘇ってくる。

――花は散り、消えゆくからこそ美しいんだ。そして、また会えるからこそ恋しく、愛しいんだよ。

 きっと、先生が黒板を選んだ理由がそこにあるんだと思う。
 黒板消しを握る手に力を込め、その手をゆっくりと動かした。

「サヨナラ。マタネ」


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