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アシタバさん

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性別 男性
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逃れられない

17/08/19 コンテスト(テーマ):第112回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:377

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 近藤はちょっとした愉しみを邪魔されて、不快感を露わにした。
「雨を見ていたんだ。邪魔するな」
 古風な喫茶店の窓辺の席である。
 窓の外では大粒の雨が地面に落ちては弾けている。
 東京という清らかさと無縁の街並みが、夏の夕立に容赦なく洗われる。そんな光景が先程まで彼の心を清々しくさせていた。
 それなのに
「仕事の依頼だよ。近藤さん」
 テーブルを挟んでむこうのイスに池戸が腰をおろすと、感情のない声で言った。近藤にとって池戸は誰よりも招かれざる客なのである。
「もう来るなと言った筈だ」
 体が大きく熊のような野性味を感じさせる近藤に対して、何処までも都会のビジネスマンといった姿の池戸は、スーツについた水滴を念入りに払っていた。
「帰れ」
 近藤が鋭く言い放つ。
「もう、人は殺さない」
 池戸は眼鏡を拭きながら、近藤の迫力を物ともせず、コーヒーを注文した。
 店に他の客はいない。
 店員は池戸と繋がりがあるから物騒な話が聞こえても、素知らぬふりだった。
「娘さん、まだ良くならないんだろう?」
「お前には関係ない」
「関係なくはないだろ。今までいくら払ったと思うんだ? こっちは恩人だ」
「俺が何とかする」
 池戸が、ふん、と鼻で笑った。
「お前に何が出来る。お前のような人間が出来ることなんてのはな、たった一つなんだよ」
 近藤は拳を握り締めるが、その熱情のやり場は店内のどこにもなかった。言葉に詰まる。
 それを見た池戸は口元に薄い笑みを浮かべ、茶色の封筒をテーブルに滑らせて近藤へと寄越した。
「詳細はそこにある。期限はそれで頼むぞ」
 屈辱の炎が近藤の身を炙り、彼は鬼のような眼差しを池戸に向けた。池戸は涼しげな表情でそれを受け流すと、いつの間にか運ばれていたコーヒーに少しだけ口をつけ、もう用はないと帰るそぶりを見せはじめる。
「相変わらずここのコーヒーは美味くないな」
 背中を向けて池戸が立ち去り、残された近藤はテーブルに突っ伏して、ひとりで体を震わせた。
(俺はこのままずっと、逃れられないのか?)
 降り続く雨。それが自分の感情まで洗い流してくれたらどんなにいいかと、近藤は奥歯をキツく噛み締めた。


 都内某所のアパート。
 机に齧りつく近藤。
 激しいパソコンのタイピング音と近藤の声が室内に響き渡る。
「暴力と官能のバイオレンス小説なんて、もう書きたくない! 俺は人の死なないラブコメとか、夢や希望をたくさん詰め込んだ青春小説とかが書きたいのに! なのに、なのに、あの池戸のせいだ! あいつだけは絶対にゆるさん!」
「パパー。ちょっとだけゲームしてもいい?」
「駄目! 何言ってんの浪人生の癖して、さっさと予備校行って! 高いお金払っているんだから! もっと勉強して! それで、一刻も早く頭を良くしなさい!」




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