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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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Sまち伝言板物語

17/08/18 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:213

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 町役場の一角に、S町歴史資料館がある。「館」とは名ばかりで単にだだっ広い展示室があるだけだが、中学の夏休みの課題のため、私は初めてそこを訪れた。
 あまり管理も整理もされていない展示物を見て歩き、あるものの前で足を止める。
 力ずくで記憶が呼び出される。
 それは、駅の「伝言板」だった。



『なわとびのテスト がんばれ! じい』
『ぜんぜんだめだった つかれた ミキ』

 大きさがバラバラな小学生らしい丸文字を見て、益田は口元をゆるめる。
 昭和から取り残された黒板。「日時」と「ご用件」という枠が、外出先で連絡手段のなかった時代を思わせる。
 S電鉄の夜間清掃員として働く益田にとって、駅のトイレ脇にあるこの「伝言板」は、孫との唯一の連絡手段である。
「よう、マッさん」
 背後から声がした。駅長だ。世話好きのおひとよしでで、孫と面会・連絡禁止という益田の事情もよく知っている。
「ミキちゃん、なんかちょっと風邪気味みたいだったから声かけてあげなよ」
 2年前、伝言板を使って絶縁状態の最愛の孫娘と交流することを思いついたのは、他でもない駅長である。
 それに加え、益田はせめて遠くから顔だけでも、と思うが、朝は深酒で起きられず、午後は二日酔いで頭がはっきりしない。結局、いちばん頭も心も冴えている勤務中にこそこそとチョークを握る日々を送っている。
 益田は腰を曲げ、『しんどくないですか 風邪、大丈夫? じい』と書いた。
 その様子をいつの間にか難しい顔をして見守っていた駅長が、「なあ、マッさん」と続ける。
「伝言板、撤去になるよ」
 駅の改修工事が決まったのだという。それに伴い、あちこち根こそぎ近代化されるらしい。伝言板は、今の時代に無用、と判断された。

『黒板はなくなりますが、ボクはここにいます じい』

 撤去が明日に迫った日、益田は最後にそう書き残した。
 しかし、これだけでは何か足りないと強く思う。迷いに迷った末、朝になるのを待って益田は娘に電話をかけた。縁切りを言い渡されて早や6年。一度も話していない。
 日焼けした畳に正座して受話器を握る。謙虚な姿勢は繰り返し鳴る呼び出し音にあっさり負け、元来の短気が顔を出す。なんだよ、とむかっ腹を立て、一度切ってもう一度かけた。もう一度、もう一度……。
『何』
 恐ろしく冷たい声に背筋が伸びた。5回もかけ続けたことを今さら後悔する。
「あ……、俺、だけど……」
 恥ずかしくて父だと名乗れない。
『知ってる、だから何』
 6年の歳月に何の意味もないことを、娘の声で悟った。
 受話器の背後から「ママ、だれー?」という声がして鳥肌が立った。頭に浮かぶ黒板の丸文字と結びつき、激しく心があわ立つ。
「あ、俺、今働いてるんだ。駅の清掃員やってる。もう3年続いてて、借金もあれからしてない」
 言い訳するように早口でまくしたてた。
 一瞬、相手が何かを言い澱む気配がしたが、すぐに「こんな風に電話してこないで。約束違反」と返され、ブツリと切られた。
 6年前、借金の肩代わりを「手切れ金」に絶縁された。
 なんだよふざけんな、大昔のことじゃんか、と悪態をついて受話器を壁に叩きつける。畳にごろりと身を投げると、「ママ、だれー?」という声が蘇り、益田は熱くなった目頭を手の甲でこすった。



『黒板はなくなりますが、ボクはここにいます じい』
 その一文に目が釘付けになった。
 この伝言は私、知らない。読んでない。
 記憶を辿る。伝言板撤去の日、確か私は風邪で学校を休んだ。次に登校したとき、伝言板があった場所は工事の囲いに覆われていた。
 4歳まで一緒に住んでいたじいちゃんは、ある日突然出て行った。
 小2の時、駅長さんから「ママには内緒だよ」と伝言板に連れて行かれ、再びじいちゃんと「再会」した。4年の秋まで続けていた文字だけのやりとり。
 ママとじいちゃんの間で何があったのかは、未だにわからない。馬鹿な小4の私は何も追及しようとせず、ゲーム感覚でひたすら黒板に書き込んでいた。
 伝言板がなくなり、しばらくは悲しくて仕方なかったけど、やがて伝言板もじいちゃんも日常から薄れていった。
 私はどうしようもなく子供で、無力で、消極的だった。

 『ここにいます』とはどういう意味だろう。
 懐かしい下手すぎるその字を、私はまじまじと見つめる。
 普通に考えると「この空の下のどこかで」という意味な気もする。
 隅の方にプレートが貼ってある。そこに「寄贈:S電鉄 Sまち駅」とあるのを見て、頭の中で白く火花が散った。
 直感としかいいようがない。
 もう14歳。ママの許可なんかいらない。自分で考えて、自分で行動できる。
 あれこれ考えるより先に、私は床を蹴っていた。

 だってじいちゃん、私は、返事を書いてない。


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