1. トップページ
  2. 上司と好きなアイドルがかぶってた話

氷室 エヌさん

氷室エヌと申します。 お手柔らかにお願い致します。 Twitter始めました。→@himuro_n

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

上司と好きなアイドルがかぶってた話

17/08/17 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 氷室 エヌ 閲覧数:173

この作品を評価する

 タオル・Tシャツ・うちわ・ペンライトの完全装備。熱気のこもるライブ会場、最前列のど真ん中の席で、私は今日引退する女性アイドルの登場を待っていた。
 推し――通称・あみちの引退が決まったのは先月のこと。それと同時に、本日の引退ライブの日程が発表された。
 そこからの私の行動は早かった。この日に何とか有給を取れるように、残業も恐れずに仕事を片付けたのだ。上司との攻防には、本当に骨が折れたけど……。
「却下だ、佐藤」
 上司に有給を取りたい旨を申し出たところ、そう言われた。
「え、あの、でも」
「でもじゃない。無理なものは無理だ」
 眼鏡の奥で鋭い瞳が光る。上司――秋山先輩は、クールで無口で知的でカッコいいと女性社員の間で有名な人だ。私は正直どうでもいいんだけど、あみち以外興味ないし。
「お願いです、秋山先輩。その日だけはどうしても、大切な用事があって――」
「それは、お前の中では仕事よりも優先されるものなのか?」
 真剣な顔でそう問われ、私は言葉に詰まる。仕事と、あみちの引退ライブ。比べるまでもない、私はあみちに貢ぐために働いていると言っても過言ではないのだから。
 だから私は、頭を下げる。
「はい。申し訳ありません」
「……そこまで言うならいいだろう。月末のプレゼンには必ず間に合わせろ」
「あ、ありがとうございます!」
 私は小さくガッツポーズをした。もう一度頭を深く下げてから先輩のもとを離れ、社員のスケジュールが書かれたホワイトボードに予定を追加する。
 よく見れば、私が有給申請した日は、秋山先輩も有休を取っていた。自分も休むんじゃん、と拍子抜けしたのを覚えている。
 ライブが始まるまで、少し時間がある。最後にSNSを確認しておこう、とスマートフォンを開く。引退を嘆くコメントが並ぶ中で、ある投稿が目に留まった。
『俺は、あみちの選択を応援したい。引退は勿論悲しいけど、俺は一人の人間として彼女のことを尊敬している。だからこそ、ファンなら笑って見送るべきだと思う。皆、引退ライブはあみちに最高の声援を届けよう』
 愛が重い。投稿者名を見れば、私と相互フォローの「シューザン」さんだった。
 シューザンさんは、あみちファンの中でも相当の古参である。ファンの鏡として崇められている節もあるが、年齢や性別すら明かしていない、ガードの堅い人である。
 どうやら彼(彼女?)も引退ライブに来ているらしい。私は『同感です。あみちの選択を私達が否定するわけにはいきませんよね! 会場で会えたらよろしくお願いします』とシューザンさんにリプライを送る。
 スマホの電源をオフにして、再び鞄にしまう。あみち出てきたら泣いちゃうかも、と思いながら彼女の登場を待っていると、私の隣に男性ファンが並んだ。
 彼が装備しているのは過去のライブのグッズ。結構な古参ファンと見える。少し気になって視線を上に上げると、彼も私を気にしていたのか、ばっちり目があった。
 眼鏡の奥の鋭い視線。嫌というほど見覚えがある。
「……佐藤?」
「え、秋山せんぱ――」
 私と彼が殆ど同時にそう言った瞬間、会場の明かりが消えた。
 マイクを通して、あみちの声が聞こえる。
『みんなーっ、今日はあみちの引退ライブに来てくれてありがとーっ! 最後まで盛り上がって行こうねーっ!』
 彼女の登場に歓声があがる。一瞬遅れて、私と、それから、隣にいる秋山先輩も叫んだ。
「L・O・V・E、あみちーッ!」
 ◆
「……まさかお前もあみち推しだったとは」
「まさか先輩が、シューザンさんだったなんて……」
 ライブが終わって。私と先輩は何となく、共に近くのファミレスに入った。二人ともライブ終盤で号泣してしまったので目が、真っ赤だ。
 蓋を開けてみれば、何てことはない。秋山を音読みして「シューザン」というハンドルネームにしたらしい。何てことだ。SNSでアイドルについて熱く語り合っていた相手が直属の上司だなんて。笑えない。
 でも、完全オタク装備の先輩はなんだかシュールだった。本当にあみちを応援しているんだなあ。思わず笑ってしまう。
「私、先輩の……シューザンさんの投稿見て感動しましたよ」
「……そうか」
 会話がそこでぷつりと途切れ、私達の間に沈黙が訪れる。
 ――これで、私が命を懸けていたアイドルがいなくなってしまった。覚悟はしていたけど、やっぱり寂しい。彼女の未来を応援したいという気持ちは偽物ではないけど、それでも。
「先輩、これからどうするんですか?」
 そんなやるせない思いを込めて、尋ねる。先輩は眼鏡の位置を直し「そうだな」と答えた。
「とりあえずカラオケでオールだな。お前も来るか」
 真剣な顔の秋山先輩を見て、私は笑った。そういうことじゃないんだけどなぁ、と思いながら。
「……じゃあ、お供させて頂きます」


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス