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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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鬼のような上司

17/08/14 コンテスト(テーマ):第142回 時空モノガタリ文学賞 【 上司 】 コメント:0件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:145

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 五つ年上の宇野さんは、僕にとっては恐い上司だった。先日またどこかの子供におじさんといわれたと、たいして気にしてないふうにいっていたが、確かに髪はスポーツ刈り風にみじかく、顔も少々角張っていて、およそスカートをはいたところなど一度も拝んだことがない彼女なので、子供でなくても夜道ですれちがったら、男性にまちがわれるおそれはありそうだった。
 しかし意外にも、社内で、靴をぬぎサンダルばきになったときなど、爪に鮮やかに塗られたまっかなマニキュアといい、衣服の下からのぞくやはり華やかな色合いのシャツなどは、他の女子社員なんか足元にもおよばない、おもわずおやっと見返すほどのおしゃれのセンスの持主でもあった。
 頼りがいのある意味では、この人の上に立つ者はない。なにより、社員の味方で、仕事の上のどんな不満や悩みも、彼女にだけは正直にうちあけられた。以前他の上役に僕の個人的な悩みを相談したら、一週間後には、若い僕に頻尿の気があるということが、会社じゅうにひろまってしまっていた。
 宇野さんなら、そんなことには決してならなかったはずだ。どんな問題も、こちらの不利にはならないようにとりはからってくれるので、僕も同僚たちもこれまでどんなに救われたかしれなかった。
 そのかわり、怒った時の宇野さんほど、恐ろしい存在はなかった。すじのとおらないことなんかいったらさいご、別室につれていかれて、とことんとっちめられるのだった。
 気持のコントロールが未熟な僕なんか、宇野さんのカミナリをまともにくらったときは、おちこんだあまり、鉛のように重い足取でため息つきつき、帰宅したことがこれまでなんどあったことか。ふだんはそんな世迷言といっている僕でも、丑の刻参りではないが、本当に藁人形を宇野さんにみたてて、恨みにまかせて五寸釘をうちこんでみたくなったのもこのときだ。
 そんなある日、僕は同僚にさそわれて、夏祭りをみにいった。いろいろ楽しいイベントがもよおされるなかに、市民参加の盆踊りがあった。結構盛大で、夜店がならぶ広場の中心を、櫓をかこんで踊りの輪が何列もできて、櫓の上からひびく太鼓と歌にあわせて舞う踊り手たちを、四方に吊りさげられた提灯の灯りが、仄明るく照らしだす。そのなかにふと、宇野さんに似た人影を僕はみとめた。浴衣姿で、すらりとした細身の体が、しなやかに躍動している。
 その華麗なまでの踊りっぷりに、僕は目をうばわれた。それからは、ぼくの視線はその女性ばかりを追いかけるようになった。そしてようやく、その浴衣姿の女性が本物の宇野さんだとわかると、なおさら彼女ひとりに釘づけになった。
 同僚がそろそろ行こうといいだしても僕は、その場からはなれることができなかった。こうしていると、宇野さんと一体化しているような気分になった。広大無辺な宇宙の、数えきれない星のなかの、わずかひとつの惑星の上で、ぼくと宇野さんは上司と部下の間柄となって、そしていま、踊る彼女を僕がみていた。
 月曜日に会社で顔をあわせた宇野さんに、
「盆踊り、すてきでした」
 と声をかけると、一万分の一秒のあいだ彼女は照れたみたいだったが、すぐに僕に新しい仕事を任せて、くれぐれも間違いのないようにと、厳しく念を押されてしまった。
 僕にとって宇野さんは、それからもこわい上司にかわりはなかった。あのぎらりとしたまなざしで見据えられると、いやでもテンションがあがって、肩に力がこもり、まちがわなくてもいいような失敗をしでかすのだ。
 その宇野さんが、ある日をさかいにして、ぴたりと会社に姿をみせなくなった。
 事務にきいても、「ちょっと」というだけで、くわしいことは、なにも教えてくれなかった。
 風のうわさに、以前手術した乳がんが再発し、他の臓器に転移したという話を耳にした僕は、とっさにじぶんの耳を疑った。会社にいるあいだ、そんなそぶりは露ともみせない彼女だった。あそこまで怒ることができるのは健康のしるしだと、その怒りの矛先にさらされながらも、心身ともに達者な彼女をひそかにリスペクトしている僕だった。
 他の社員たちは、宇野さんが会社にこなくなってからというもの、仕事中も私語をやりとりしたり、そこここから笑い声がとびかったりと、彼女がいたときには考えられないぐらいのリラックスぶりだった。
 ながい不在となった宇野さんの机には、浴衣姿でおどる彼女の写真がたてかけてあった。僕はしばらくのあいだ、写真のなかで踊りのポーズを粋にきめている彼女にみいった。子供達からおじさんにまちがわれ、会社では誰よりもこわい宇野さんだったが、僕はこのときはっきり、こんな素敵な人はほかにはいないということに気がついたのだった。


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