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村升 青さん

趣味で二次創作する程度。 書くのは好きですが稼ぎたい程ではないです。 閲覧が主で、他の方の文やその評価を読んだり、たまに投稿したりして文章力を付けられたらなあと思ってます。 夢で見た光景を文にするので意味不明な所もあるかもしれません

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今日もまた

17/08/13 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 村升 青 閲覧数:53

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薄暗い教室に入ると、彼がそこにいる事に気が付いた。
「誰からも見られるのに誰にも見てもらえない。何だか分かる?」
生徒の椅子や机に背を向けて、教卓に腰掛けていた彼はそう言って俺の方を見た。

「正解は、俺」

日も沈んだ紫の暗さの中、彼は黒々とした影にしか見えず表情は到底窺えなかった。
「でもお前は見てたな俺のこと。他の奴とは違って、俺を見てた」
感情の無い声で淡々と話しながら、彼はゆっくりと教卓を降りこちらへ向き直る。
向き合ってみても、彼の輪郭以外は何も明確に見えない。
彼自身影にしか見えないのに、その足元からも影が伸びているのは何と不思議か。
頭のどこかでそう思っている内に、彼の影がじわりと俺の足を侵し始めた。
手の届く距離に彼が止まる頃、影は俺の体の殆どを染め尽くしていた。
「お前は俺を助けなかったな。俺がお前でもそうするだろうからその事に怒ってはいないけど」
彼の頭がくっとこちらを見上げ、目が合ったのが分かった。
体が動かず息を呑むと、恐ろしい程の沈黙を以て彼はたっぷりと黙り込み、それから漸く体を翻した。
「お前がここに来たのも今ここにいるのも、俺への罪滅ぼしのつもりだろ。罪悪感に耐えられないから」
ダン、ダンと長い教壇が大袈裟な音で彼の位置を示す。
黒板の端でもある教壇の端に立つと、彼は俺を振り向き床を指さした。
何を言われずとも俺の体が前へ進んでいく。
教壇が先程とは違い臆病にも黙り込んでいた。
俺が操られるように教卓の前まで進むと、彼は腕を降ろし再び目の前までやって来た。
だが先程よりも、近い。
「何も出来ないなら見なければ良かった。俺がどうなろうとお前には関係なかった。生まれて何か遺して、消えたらその内忘れられる。そんな当たり前の一つ」
低く呟き彼は視線を下げた。
そして不意に手を出すと、突くように俺の胸元へ触れてきた。
その指先は冷たくない。
が、温かくもない。
それどころか何の感触も無くすり抜けてしまったのである。
驚く俺に彼は再び顔を上げ、見えないけれど確かに睨みつけてきた。
「お前が死んで何になった?そうしてくれって誰が頼んだ?」
初めて感情を灯したその声は、苦々しく震えていた。

彼がずらした上履きの下でチョークの粉が線を引く。
授業の名残りだ。
教壇も掃くよう言ったのに、ちゃんとやらなかったのか。
俺は手に出席簿を持っていた。
ここは俺の受け持つクラス。
彼は以前の俺の教え子。
…以前っていつだっけ?
胸騒ぎから出席簿を捲ると、そこに名前は一つも載っていない。
おかしい。
今朝もこの教室で生徒達の出席を取ったのに。

「いつまで教師の真似事してるんだ?」
彼の声が俺の頭を通り抜ける。
「もう強引に生徒に関わんのやめろよ」
駆け巡る記憶は昔のそれとは程遠い。
「体調崩す奴も出てきてる。関係無い生徒死なせたかったのか?」
俺がしていた事は。
「俺を助けたいと思ったんだろ先生」

力一杯に黒板を殴り付ける。
大きな音が鳴るが手が痛まないのは、きっと俺が今動揺しているからだ。
彼はじっと俺を見た後、教卓に背を預け指先で黒板をなぞり始めた。
淀んだ沈黙の中、薄らと白んだその表面に細い線が浮かび上がっていく。
「あの子達には、教師として相談に乗ったんだ」
「空き教室に一人ずつ呼び込んで?」
絞り出した声も容易く叩き落とされる。
彼の指が撫でた黒板の縁には白い埃が寄せ集まっていた。
「生徒側も自覚してないかもだけど段々顔色悪くなっていってるのは明白だよ」
ふっと彼が指先を吹き粉を払った。
また一段と暗くなった教室内で既に彼の輪郭も曖昧なのに、何故か彼の表情が解るような気がした。
そんな彼の言う事を少しずつ認めていく自分と、何かを恐れ拒絶しようとする自分がいた。





「…もういいよ」
嘗ての担任に俺は言った。
顔を上げたくない為に粉の落ちた指先を弄ぶ。
「お前の事恨んでなんかない。でもお前が自分で死んだ事も、見える生徒引き寄せて苦しめてんのも許せない」
だから、と声を絞る。
「消えろよ。何でお前が死んだ後そんな事してるのかも分かってる。お前の事覚えてるのも忘れないのも、感謝すんのも俺だけで十分だろ」
奴の方を見る。
ぐらぐらと揺れる醜い影の塊は、殆ど真っ暗な教室の中で幾つか声のような音をたてた後「俺は、」という風な音を遺して闇に沈んだ。





「逃げた。…また明日、出席取りに来るのか」
残された方の影が小さな声を出す。
「…書いても消して、忘れる。こんな単純で下らない事、あと何回繰り返すんだ?跡すら、遺んねえのに」
影は呻いて黒板へ縋りついた。
広げられた指に力が入る。
「引き寄せられて逃げられないのは、生きてる生徒だけじゃない」

誰一人いない空き教室に、キィと歪な音が苦しげに響いた。


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