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野々小花さん

野々小花(ののしょうか)です。文化教室に通って、書く勉強をしています。

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上手にその手を離せるように

17/08/13 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:2件 野々小花 閲覧数:397

時空モノガタリからの選評

養護施設の園長さんから受けた深い愛。それによって励まされ、自分も子供に対し愛情を持って育てていく決意をする主人公の姿が爽やかでした。園長先生の「本当に愛しているなら、離さなきゃいけない」というセリフは名言ですね。自立を促すことが子育てにおいて大切であるというのは反論の余地がない事実だと思います。一方で、小さな娘が物事を「上手にできるようになることがとても悲しい」という主人公の本音も、それはそれで普通の親心の一面ではないかと思います。 しかしこのような葛藤を一つ一つ乗り越え、彼女自身も親として成長し、いつか彼女は本当に手を離すことができるようになるのでしょう。素直で現実的な内容で、今回審査に加わったメンバーからも共感を呼んだ作品でした。

時空モノガタリK

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 暖かい手に繋がれていた記憶がある。まだ小学校に上がる前。養護施設「くすのき園」の園長先生が、化粧っ気のない顔で微笑んでいる。
 周りの皆には、時々、お父さんやお母さんが会いに来てくれる。私には誰も来ないけれど、園長先生がいるから平気。手を、しっかりと繋いでいてくれる。それだけで、私は安心できた。

 カーテンの開く気配で目が覚めた。三歳になる娘の陽菜が、おぼつかない手つきでカーテンをタッセルにまとめている。
 眠たい目をこすりながら起き上がると「ママ、おはよう」と丸い顔がこちらを向く。時計を見ると、十時半を回っていた。夜の仕事をしているから、起きるのはいつもこの時間になる。
 陽菜の父親とは結婚できなかった。家庭のある男を好きになった自分が悪い。ひとりで陽菜を育てるには、水商売をするのが一番都合が良かった。
 陽菜は少し背伸びをして、壁にかかった日めくりカレンダーを破っている。以前は誤って、二枚ちぎってしまうこともあったけれど、今は上手に一枚だけを破ることができる。
「きょうは、はちがつ、はちにち」
 毎日、カレンダーの前で日付を言う。些細な間違いがかわいい。先月も確か同じ間違いをしていた。
「ようか、って言うんだよ」
 私が訂正すると、「そうだった」と言いながら笑う。
 陽菜には、一日のうちにするべき仕事がいくつかある。カーテンを開けたり、日めくりカレンダーをめくったり。それ以外には、花の水やり、食事の前と後の台拭き。買物へ行くときは小さなエコバッグを持って、買ったものをひとつ持つ。外から帰ったら、自分以外の靴もきれい揃える。陽菜はいつも、きちんとやり遂げる。
 そんなお利口さんの陽菜も、夕方、託児所に行くときだけは駄々っ子になる。私が着替えて化粧をして、仕事へ行く準備を始めると、急に無口になる。
「陽菜にお仕事があるように、ママにもお仕事があるんだよ」
 託児所の入口で、ぐずぐずと泣く陽菜に言い聞かせる。いつも同じやり取りをしているから、保育士さんは慣れた様子で「一緒に待っていようね」と優しく陽菜の背中を撫でてくれた。
「お仕事が終ったら、すぐに迎えにくるから」
 しばらくは黙ったままだったけれど、保育士さんに促されて、鼻をすすりながら頷いた。
 仕事が終わるのはいつも深夜で、迎えに行くといつも眠そうな顔で陽菜は私を待っている。タクシーに乗ってしばらくすると、陽菜は寝入ってしまった。小さな手が、私の手を握っている。暖かい。ふいに、「くすのき園」の園長先生の手を思い出した。

 ひとりで陽菜を産むと決めたとき、私は園長先生に会いに行った。
「先生。私ね、自分は親に捨てられたけれど、私はこの子を離さない。まだ産まれてもいないけど、愛しいんです。だから私、この子の手を絶対に離さない」
 私の決意を、園長先生は何度も頷きながら聞いてくれた。そして最後に、それは違うと言った。いずれ、手を離さなければいけないときが来るのだと私に言った。
「本当に愛しているなら、離さなきゃいけない。ひとりで生きていけるように、上手に離してあげなきゃいけない。いつか、自分の意志で巣立っていけるように」
 それが親の役目なのだと、肩を抱いて、諭すように手を握ってくれた。
 私は、涙が止まらなかった。
 親になるということの意味を、何も分かっていなかった自分の愚かさ。
 いつか離れていく子を、それでも愛するだろう自分の淋しさ。
 私がい今、ひとりで生きているのは、ひとりでも子供を育てようと思えたのは、この手が上手に離してくれたからだった。愛されていたのだと、今更のように思い知った。

 園長先生がそうしてくれたように、私もいつか陽菜の手を離す。愛しているから、上手に離す。
 陽菜に毎日の仕事があるのはそのための準備で、だから、上手にできるようになるのがとても悲しい。本当は、何もしなくていい。ずっと出来ないままでいい。上達していくことを喜べない自分が確かにいる。
 それでも、離してあげよう。愛しているから、離してあげよう。
 夜の町を、私と陽菜を乗せたタクシーが静かに走っていく。いつか離す手を、今はまだ小さなその手を、私はそっと握りしめた。



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このストーリーに関するコメント

17/09/25 光石七

遅ればせながら、入賞おめでとうございます!
拝読しました。
【育児】というテーマに対して真正面から真摯に向き合った良作だと思いました。
「本当に愛しているなら、離さなきゃいけない。ひとりで生きていけるように、上手に離してあげなきゃいけない。」。子育ての意味、親の役目の核心を突いたこの台詞が印象的でした。
主人公の子育ての喜びと寂しさが素直に伝わってきて、陽菜ちゃんの成長と主人公の親としての成長を自然と応援したくなりました。
素敵なお話をありがとうございます!

17/09/27 野々小花

光石七さま

読んでいただきありがとうございます。
難しいテーマだからこそ、正面から向き合い、書くことにしました。
それが良かったのかなぁと思います。台詞を書くのは苦手なので、これからも課題です。
とても嬉しいコメント、ありがとうございました!

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