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木原式部さん

文章を書いたり、占いをしたりしています。 時々、ギターで弾き語りもします。

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朝のメッセージ

17/08/12 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 木原式部 閲覧数:191

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 ――今日は入学式ですね、楽しい学校生活が待っていますよ!
 黒板に白いチョークで書かれた文字が、僕の目に飛び込んできた。
 中学校の入学式に向かっていた僕は、何気なく通り道にあった洋食屋の「今日のメニュー」と書かれた黒板に目をやり、メニューの横に書いてあるメッセージを見つけた。
 僕は今から入学する私立の中学校まで、電車を乗り継いで通うことになっている。なぜそんなに遠い中学校へ行くことにしたかと言うと、小学校の時にいじめられていたからだった。
 いじめられたきっかけは両親が離婚して父子家庭だからということだった。誰かが言っていたが、母親はまだ赤ちゃんの僕を置いて家を出て行ったらしい。僕はそれが原因で陰口を叩かれるようになり、いじめられるようになった。そして、いじめから逃げるために遠い私立の中学校に通うことを決めた。でも、わざわざ遠くの中学校を選んだのに、またいじめられたらどうしようという気持ちもなくはなかった。
 そんな悶々とした気持ちで歩いていた僕の前に、『今日は入学式ですね、楽しい学校生活が待っていますよ!』というメッセージが飛び込んできたのだった。
 僕は立ち止まって黒板のメッセージを見ているうちに、本当に楽しい学校生活が待っているのかもしれない、と思えるようになってきた。そして、安心した気持ちで入学式に挑むことが出来た。
 中学校に入学した僕は、黒板のメッセージの通りになった。新しい環境でいじめられるどころか、気の良い仲間に囲まれて新しい生活をスタートさせることができた。
 僕は毎朝あの洋食屋の前を通った。「今日のメニュー」の黒板には毎日違うメッセージが添えられていた。『今日は雨が降っているけど、気持ちは「晴れ」で!』とか『修学旅行、気を付けて行ってらっしゃい!』とか『暑いから、水分補給をしっかり!』とか……。いつしか僕は黒板のメッセージを見るのが楽しみになっていた。何かイヤなことがあっても、黒板のメッセージを見ると、また頑張ろうという気持ちになれた。
 僕は中学校の三年間、朝のメッセージに励まされながら、楽しく思い出深い学校生活を送ることが出来た。
 中学校の卒業式の日、洋食屋の前を通ると、黒板には『卒業おめでとう!これからも頑張って!』と書いてあった。
 僕は入学式の時にメッセージを見て励まされたことを思い出し、もう、この朝のメッセージを見ることもなくなるのだと思うと淋しい気持ちになった。
 僕は心の中で黒板に向かって礼を言うと、その場を後にした。


 中学校を卒業してから十数年後、僕は仕事の用事があって、卒業以来、初めて中学校の近くを訪れた。
 用事を済ませてふと周りを見渡すと、あの洋食屋の近くに来ていた。洋食屋は建物が古くなっていたが、相変わらず同じ場所にあった。ただ、あの懐かしい「今日のメニュー」の黒板はなくなっていた。
 ちょうど昼時だったこともあり、僕は思い切って洋食屋のドアを開いた。もしかすると、あのメッセージを書いていた人に会えるかもしれないという期待もあった。
「いらっしゃいませ」
 店の店主らしい初老の男性が出迎えてくれた。僕はカウンターに座ると、店主に話しかけた。
「メニュー見せてもらえますか? 確か昔、店の前の黒板にメニューが書いてあったと思うんですが……」
「ずいぶん昔のことを覚えているんですね。あれは前に働いていた山村さんという女性が書いてくれてたんですよ。数年前に病気で亡くなってしまって、黒板にメニューを書くのも止めてしまったんです」
 あのメッセージを書いた人は亡くなっていたのか。僕は残念な気持ちになった。
「そうなんですね。メニューの横にいつもひと言書いてあったじゃないですか。中学に行っていた頃、毎朝あのメッセージを見るのが楽しみだったんです」
 僕の言葉に店主は微笑むと、「この人が山村さんです」とカウンターの奥から古い写真を数枚持ってきてくれた。人の好さそうな、笑顔の女性が写っている。この人があのメッセージを書いてくれていた人なのかと思うと、僕は熱いものが込み上げてきた。
 僕は次の写真に目を移した。そして、その写真を見て言葉を失った。
 写真にはすやすやと眠っている赤ちゃんが写っている。見覚えのある写真だ。僕の家にも同じ写真がある。生まれたばかりの頃の僕の写真だった。
「どうかしましたか?」
 僕が黙っていると、店主が声を掛けてきた
「いえ、その……。この赤ちゃんの写真は?」
「山村さんのお子さんの写真ですよ。若い頃に離婚して、ずっと会ってないと言ってました。山村さん、この写真をずっと大切に持っていて……」
 僕は店主の話を聞きながら、ただ赤ちゃんの頃の自分の写真を見続けていた。僕の両目から、いつの間にか涙が零れ落ちていた。


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