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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ラヴァーズ コンチェルト

12/12/03 コンテスト(テーマ):第十九回 時空モノガタリ文学賞【 クリスマス 】 コメント:17件 そらの珊瑚 閲覧数:2520

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 暗い海の上に白い月が浮かんでいた。ゆるやかなレールが海岸線に沿って伸びている。アオイを乗せているこの夜汽車が進むみちのりがそこにあった。
 ──あれは未来なのだ。
 人もこんなふうに進むべきレールが見えればどんなに楽か。

 トンネルに入ると車窓は鏡になる。四十女がそこに居た。ステージ用の濃い化粧を落としてみれば、それなりにくたびれた素顔があって、ほんの少し失望する。
 アオイが歌手として出発したのはかれこれ二十年ほど前であった。「ラバーズコンチェルト」サラ・ヴォーンをはじめ、有名な歌手に歌われてきた曲を、日本語に翻訳し、同名タイトルでデビューしたのだった。童顔に似合わぬハスキーボイスがウケて、それはミリオンヒットとなった。アオイは突然手に入れたスポットライトに酔いしれた。
 しかし幸運は長くは続かなかった。その後出した曲はみな全く売れず、数年のちには所属していたプロダクションから契約更新を打ち切られてしまう。事実上の解雇であった。
 ──田舎に帰って見合いでもしようか……。
 そんな時だった。マネージャーであった湊さんが一緒に頑張ろうと言ってくれたのは。
「あきらめたらここで終わりです。僕はアオイさんの歌が好きなんです」
 沈んでゆく船からは我先にと、みな降りるものなのに。
 彼の真っ直ぐな瞳に弱気がふっとんだ。船はまだ沈んではいない。そして二人で独立し、事務所を構えた。
 
 仕事は選ばなかった。歌うことが出来れば、どこへでも行った。スーパーやパチンコ屋のイベント。ステージとは名ばかりのビールケースに板を乗せただけのおそまつなものにも、そのうち慣れていった。キャバレーで酔客に演歌をデュエットさせられても、営業スマイルで唄った。世間でなんと呼ばれているか知っていた。落ちぶれた一発屋。
 正直へこむ時もあった。しかし持ち前の負けん気と湊という良き理解者がいたことで、それらを生きるエネルギーにすることができた。いつかまた復活してみせるという灯火を心の中に燃やし続けて。

『なんて優しい雨なのかしら』
 
 ラジオにつなげたイヤホンから偶然に流れてきたのは、かつての自分の声だった。ラヴァーズコンチェルト。アオイは右耳のイヤホンをはずし、前に座っている湊に渡す。湊はアオイの顔に近づき、それを耳にはめた。かすかにアオイの香水が匂う。

『静かにこの草むらに降ってくるわ』
 湊にとっても特別な歌であった。そして曲が終わる頃、目の前にいるアオイにいつしか仕事上のパートナー以上の気持ちを持っていたことに気づく。いや、本当はもっと前から気づいていたのだ。気づかないふりをしていただけで。

『この曲にまつわるリスナーさんからのおたよりを読ませていただきます。──この歌は私の人生にとって忘れられない思い出の曲です。大学三年の時私は妊娠し、どうしようかと思い悩んでいました。クリスマスイブの夜に聴いたのがこの曲なのです。曲が終わる頃にはなぜだか産もうと決心していました。彼とは学生結婚をしました。女の子を授かりました。貧しかったですが、それも今となっては楽しい思い出です。子供は今年、二十歳になります。あの晩、あの曲に巡り合わせてくれたのは神様からのクリスマスプレゼントではなかったか、そんなふうに思います。是非クリスマスイブの夜に聴きたい、そして聴いてもらいたいと想い、リクエストさせていただきます』
 アオイの瞳が心なしかうるんでいた。二人は同じイヤホンを共有していた。そしてそこからこぼれてくる温かいものをもまた、共有していた。
「そういえば今日はクリスマスイブだったね」
 湊は何もプレゼントを用意していないことを悔やんだ。ふと見るとアオイの髪の中に光るものを見つけた。
「じっとしていて」
 手を伸ばして取ってみると、きらきらと銀色に光る小さな紙であった。おおかた今夜のステージのトリで降らせた紙吹雪であろう。
「手を出してみて」
 アオイのてのひらにそっと載せる。
「メリークリスマス」
 もう少し頑張ってみようと湊は想う。愛している、その言葉はそれからでも遅くはない。
 
 二人を乗せた夜汽車は夢に向かって進む。未来へと。


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このストーリーに関するコメント

12/12/03 そらの珊瑚

画像はGATAG Free Photo 2.0よりdaily sunnyさんの作品をお借りしました。

12/12/03 草愛やし美

そらの珊瑚さん、拝読しました。
 
この歌声、どうしても聞いてみたいなって思いました。20年前の歌声、そして、今ある40のアオイの歌声も、両方聞いてみたいものです。

苦労は、分かち合える人がいれば何とか超えていけるのかもしれませんね。ほのぼのするお話で、聖夜といわれるクリスマスイブらしいなって思いました。

12/12/03 泡沫恋歌

珊瑚さん、拝読しました。

しっとりした良い話ですね。
努力が必ずしも報われるとは限らないけど、諦めたらそこで終わりになることも確か。

前向きに頑張ってる、この二人にエールを贈りたいですね。

12/12/04 くまちゃん

>進むべきレールが見えればどんなに楽か。
は本当にと思います。
拝読まして「自分で切り開くものだ!」と勇気づけられました。ゆっくりでも人生を楽しみながら目的を持って歩みたいものです。

12/12/06 石蕗亮

そらの珊瑚様
はじめまして。石蕗ともうします。
拝読いたしました。自分の作品で誰かが救われたというのは本当にうれしいことだと思います。
私も昔を思い出しました。
よいモノガタリでした。

12/12/07 ドーナツ

ラヴァーズ コンチェルト、これ、ピアノを習っていたとき、ずいぶん若い頃の話ですが、必死で練習しました。すごく気に入った曲で、タイトル見て、懐かしくなりました。いろんな人がアレンジしてますね。私が知ったのは、たしかモーツアルトの楽譜でした。

思い出の曲をクリスマスイブに、すごくロマンチックですね。どんな高価なプレゼントよりも、こういうのが最高。あ〜。羨ましい!

12/12/08 郷田三郎

こんばんは。読ませて頂きました。
逆境の中でも仲間がいれば乗り越えて行けるものなのでしょうね。
そして過去の自分が励ましてくれるなんて。
湊さんの想いが報われる事があるのかはわからないけど、その前にもう一度栄光を手にして欲しいと思いました。

12/12/10 そらの珊瑚

草藍さん、ありがとうございます。

歌声についての描写をもう少し頑張ればよかったかな?
年月や経験がきっと声にも表れているといいなあと思います。

12/12/10 そらの珊瑚

恋歌さん、ありがとうございます。

そうですね。結果は誰にもわからないけれど、たぶん努力している時間そのものが大切なのでしょうね。
人生を賭けて頑張ろうと思うものを持っている人はそれだけで幸せ、という気がします。

12/12/10 そらの珊瑚

くまちゃん、ありがとうございます。

実際に私がよく利用していた路線の風景を基に、冒頭の風景の描写をしました。
人生の旅は電車のようにはいきませんが、レールが続く限り頑張ってみないと♪

12/12/10 そらの珊瑚

石蕗亮さん、ありがとうございます。

そうですね、自分の知りえないところで、誰かの役に立っていることがあったとしたら(たぶん普通はそれさえも気づかないのでしょうが)嬉しいと思います。歌に限らず、言葉、小説などにもそんな力があるんじゃないかな、と思います。

12/12/10 そらの珊瑚

ドーナツさん、ありがとうございます。

有名なのはサラヴォーンのかな。原曲はバッハだとか?
プレゼントって値段じゃないんですよね!

12/12/10 そらの珊瑚

郷田さん、ありがとうございます。

過去の自分に励ましてもらえるよう、わたしも今をちゃんと生きていきたいと思います。
歌手とマネージャーが結婚するってケース意外を多いんじゃないかな〜

12/12/10 そらの珊瑚

都稀さん、ありがとうございます。

本当の理解者ってもしかしたら自分以上に自分のことをわかる人かもしれないと思います。人って案外自分のことは見えていないものだから。
是非、見つけてくださいね♪

12/12/15 鮎風 遊

物語がいいですね。
歌手と夜汽車、哀愁があり、その上に未来へと。
良かったです。

12/12/20 そらの珊瑚

鮎風さん、ありがとうございます。

なんとなく夜汽車っていいですよね。
二人の未来が幸せであるように!

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