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クナリさん

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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体育倉庫の二律背反ブレイクダウン

17/08/05 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:3件 クナリ 閲覧数:405

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 朽ちかけた黒板に、僕は白いチョークで『奴を殺す』と書いた。
 すると、ひとりでに赤チョークの文字が、僕の文字のすぐ横に現れた。
『殺すな』



 僕の中学の使われなくなった体育倉庫は、古く、へちまに絡み付かれて、その存在を知る生徒も少ない。
 だから僕が放課後に一人で入りるのに、とても都合がよかった。
 同級生のゴツアキ君仮には学校にいる間中いびられていたし、体にアザが残らない程度のダメージを継続的に身体中の急所に与えることにおいて彼は天才的だったので、僕はとても自然に、人生に絶望していた。
 一応担任にも相談をしてみたところ、先生は慌てて僕を指導室へ連れ込んで座らせた。
 色々長い話をされたが、要約すると「うまくやれ」の一言に過ぎなかった。
 話し終わり、微笑みながらうなずく先生は、ゴツアキ君をはるかに上回る意味不明生物だった。
 親に相談することも考えたが、両親の性格と僕との関係を冷静に鑑みて状況判断した結果、それだけはやめた方がいいという結論に至った。

 ある日、僕はいつも通りに、放課後を体育倉庫で過ごしていた。
 夕闇が濃くなり、さてそろそろ……と腰を上げた時、ふと、倉庫の片隅に、朽ちかけた小さな黒板を見つけた。チョークもある。
 最後に何か落書きでもして行こうかと思いつく。
 外から雨音が響く中、他に何も思い付かなかったので、僕は白いチョークで『これから奴を殺す』と書いた。
 すると、ひとりでに赤チョークの文字が、僕の文字のすぐ横に現れた。
『殺すな』
 僕は混乱しながらも、更にその横に『君は誰?』と続ける。
『お前、人殺しなんてよせ』
『どうやってこの文字を書いてる?』
『えらく古い黒板を見てたら、いきなり白い文字が現れたので、その横に俺も書いただけだ』
『つまりこの黒板は、空間を越えて、今君の前にあるという黒板に繋がっているということか』
『俺は東中の生徒だ。お前は?』
『僕は南中……近いね。ところで君は本当に実在の人物か? 僕の妄想じゃなく?』
『当然だ。今日は二〇一七年九月十四日、町内は雨、俺の名前は言いたくないな……』
 僕は倉庫の小窓から外を見て、天気を確認した。
『僕が、殺すと書いたのは冗談さ』
『そんな感じじゃなかったな。殺人なんてやめろ』
『君が未来の僕だからか?』
 相手が絶句する気配が伝わった。僕は続けて書く。
『この黒板が繋げているのは、空間じゃなくて時間ということかな』
 僕は、手足を縛って転がした、傍らのゴツアキ君に目をやった。猿ぐつわの中で呻いているのが滑稽だった。
『さっき僕がそろそろゴツアキ君を殺そうかと思った時、外で雨音がしてた。君も雨だと言うので一応外を見てみたら、雨音だと思ったのは用務員さんがへちまに水をやっている音だった。空は晴れてたよ』
 僕は用意していた包丁を左手に持ち、更に書く。
『君に言われなければ確認なんてわざわざせずに、雨天だと思い込んだままだったろう。殺人をやった後は動転して天気どころじゃないだろうから、外に出ても晴れだと認識を改める余裕もないはずだ。この町内で、今日が雨だと思い込む可能性があるのは、僕だけだ。君は……未来の僕なのか?』
『そうだ。俺は三十年後のお前だ。二〇四七年の九月十四日から書き込んでる。三十年前の今日、そのクズを刺し殺したせいで、俺の人生は台無しになった』
『僕は、……狂っているわけじゃないんだな』
『いつかは卒業して、そいつとも別れる。今だけの我慢だ』
『君が僕なら分かるだろう。僕は限界だ』
『本当に後悔』
 そこまでで読むのをやめて、僕は、涙とよだれをタレ流しているゴツアキ君へ向き直った。
「思い知れ」
 包丁を右手に持ち替え、一気に降り下ろす。
 その僕の右手を、すんでのところで僕の左手が押さえつけた。
「くそ!」
 殺そうとする右手。止めようとする左手。
 殺そうとする今の僕。止めようとする未来の僕。
 二つに別れた分かり合えないものは、どちらも僕のはずなのに、他人のように分かり合えない。
 黒板を見た。
『楽になることだけを願ってきたのに、楽にだけはなれない。俺になるな』
「ふざけるな! 僕がどんなに辛いか忘れたのか!」
 僕は包丁を黒板に叩きつけた。刃が折れる。黒板も割れる。
 ゴツアキ君が、完全に狂人を見る目で僕を見ていた。
 確かに端から見れば、彼がまともで、僕が狂っているのだろう。
 効果的ないじめを嬉々として日々繰り返した奴が、僕を異常者として扱っている。
 こんな思いまでして、なぜまともでいなくてはならないのだ。

 泣きたかったけど、死んでも泣きたくなかった。
 砕けた黒板は、もう何の答も返してくれない。
 僕が得たものは、包丁が壊れたという、クズを殺さないで済む、自分への弱々しい言い訳だけだった。


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このストーリーに関するコメント

17/08/06 あずみの白馬

拝読させていただきました。
タイムリープ的な不思議なお話の中に、現在の自分と未来の自分の葛藤が見て取れました。
もし仮に「あのときの自分」にアドバイス出来たとしても「あのときの自分」は聞き入れてくれるのか……
読後感もなんとも不思議でした。良作だと思います。

17/08/26 セレビシエ

クナリさん 拝読しました。
最初ライトノベルばりの軽い調子なのに、後半一気に重くなり、ギャップにドキドキしました。
面白かったです。

17/10/12 光石七

黒板が今の自分と未来の自分との媒介になる設定がユニークだと思いました。
未来の主人公の『楽になることだけを願ってきたのに、楽にだけはなれない』という台詞が胸にズシリときました。でも、今の主人公はもう限界で、それ以外方法を考えられなくて……
タイトルにあるようにまさに「二律背反」の葛藤、ラストも含め描写と展開に引き込まれました。
いつか主人公が「あの時ああしなくてよかった」と思える日が来ますように。
素晴らしかったです!

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