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浅月庵さん

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性癖ベクトル

17/08/04 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:5件 浅月庵 閲覧数:647

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 ◇
「舐めて綺麗にしてよ」
 あなたはそう言って、唇を結んで微笑むと、大きな瞳を三日月形に歪ませた。
 その言葉を浴びた途端、私の体に流れる血液が、沸沸と煮えたぎっていくのを感じた。

 ◇
「このグラビア、やばくね」
 同級生の男子Aが雑誌の巻頭ページを開いてみせると、他の生徒に同意を求めた。
「俺はスレンダーな方が良いなぁ」
 男子Bが大きなジャムパンを頬張りながら、眉間に皺を寄せた。
「俺は貧乳が好き」
 男子Cが真顔で便乗し、そう言ってのけると、他の生徒からロリコンかよ、と集中砲火を浴びせられた。
 果たして貧乳好きはこぞって幼女好きなのか私にはわからないし、それはあまりにも短絡的思考なのではないかと、首を傾げたくなる。

 でも、それと同時に各々が独自の“性癖”を持ち合わせていることに、私は少なからず安心感を覚えるのだった。

 ーー六時間目。教科は数学で、担任の白山先生の授業だ。先生は背を向けると、折り返されたYシャツの袖から伸びる、細い腕を振り上げた。
 私は自分の頭が良くなることより、先生の挙動すべてを注視することへ躍起になっている。大きな瞳。ワックスで無造作に散らしたショートヘア。チョークを握る細い指先。「〜であるから」が先生の口癖だ。今日だけでもう七回は使っている。
「ベクトルとは向きと大きさであるから……」
 本日八回目の「〜であるから」が零れるけど、私はベクトルというものがなにかわからない。先生の授業から私は、とうに置いてけぼりをくらっていた。

 ーー放課後。私たちの班の当番は、教室掃除だ。他の生徒が箒や雑巾がけをしているなか、私はじっと黒板の前に立ち尽くしている。

 私は、白山先生が書き残した図形を見つめていた。正直意味はさっぱりだったけど、これを白山先生が“書いた”ということが重要な意味を成していた。

 私は黒板消しを掴むと、そっとアルファベットの一つを消してみた。
 その後に、私は一歩退いて、黒板全体を眺める。先生の書いた授業の内容を、このまま無慈悲に消してしまうのは、なんだか勿体ない気がした。せめて携帯電話で写真でも撮ろうかと、うだうだと長々と自問自答を繰り返していた。

「トロすぎじゃない? うちらもう終わったんだけど」
 女子Aと他二名が、ニヤニヤしながら私に詰め寄ってきた。
 彼女たちは、私を見下すことに快楽を覚える“性癖”の持ち主だった。

 私は周囲を見渡す。どうやら、私が黒板とにらめっこをしている間に、掃除はすべて片付いたようだった。
「今消します」
 私が黒板消しに手を伸ばすと、女子Aは鼻で笑った。
「地味子ちゃんが道具なんて使っちゃ駄目でしょ」
「えっ?」
 私は彼女の次の言葉を待つ一拍で、唾を飲み込んだ。

「舐めて綺麗にしてよ」
 私は心の底から驚いて、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
 理由は、その馬鹿げた発言にではなく、そんな方法があったのかと、名案の雷に撃たれたような気分だったからだ。

 私はゆっくり深呼吸するーー。
 黒板に向かって腕を伸ばすと、手のひらにひんやりとした無機質を感じた。その冷たさを私は、舌先にも感じてみたいと思っている。

「コイツ、マジでやるよ?」
 女子Bが苦笑いするのを視界の隅に捉えた、気がした。

 だけどその存在も、すぐに遠くのものとなる。私の世界は刹那で無音だ。

 ただ、いくら先生の書いた文字“すら”愛おしいからといって、そのチョークの粉を体内に取り入れることは果たして、愛情表現に繋がるのだろうか。私の心が少しでも満たされたりするのだろうか。

 その疑問に反して私は、なぜか気持ちが高揚していた。まるでこれからおもちゃ箱をひっくり返して遊び始めるような、そんな気分に浸っていたのだ。

 でも、その時間も一瞬のことで、静寂を切り裂く一声で私は一気に現実へと引き戻された。
「掃除が終わったなら早く帰りなさい」
「先生......」
「まだ終わってなかったの?」

 ーー白山先生は黒板の文字を、なんの躊躇いもなく消していく。当たり前だ。
 そして、女子ABCの三人組はとうに散り、下校していたようだった。
「ごめんなさい。私がトロくて」
「マイペースも個性だと思うよ」

 時々私は、先生に無意味な願望を抱いてしまう。
 でも、先生には旦那さんがいるので、私の恋は様々な視点から見て叶わない。

 先生。これは恋心などではなく、歪んだ“性癖”なのでしょうか。教師で、既婚者で、同性を好きになるなんて、変態に違いないですよね。
 ......そう質問してみたかった。
 
 でも、そんな喉元まで出かかった脆弱な問いかけは、例え宙に放たれたとしてもーー。
 あっさり消されるチョークの文字みたいに、なかったことにされるのだろう。それが怖い。


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このストーリーに関するコメント

17/08/05 あずみの白馬

拝読させていただきました。
意地悪な女子の「黒板を舐めて」からの、まさかの展開に驚きました。
かなわない、切ない恋心と、黒板が絡んで、良い作品に仕上がっていると思います。

17/08/07 待井小雨

拝読させていただきました。
恋のような、恋とも言えないような「性癖」。
色んな人が色々な性癖を持って生きている中、この「性癖」は黒板を舐めるということにさえも気持ちが高揚するという、なかなかに危ない主人公だな、と思いました(すみません 汗)
気持ちがなかったことにされるのが怖い、という最後の文章に純粋な気持ちがあり、やはりこれは恋なのだろうと切ないものを感じました。

17/08/07 浅月庵

あずみの白馬さま
そっち系の話か!って展開にしたかったので、
驚いていただいて嬉しいです。
ご感想ありがとうございました。

待井小雨さま
黒板をどう扱おうか考えたときに、
舐めたらちょっと頭おかしいよな、ってところから
考え出したので、ある意味危ないと言っていただけて嬉しいです←
ご感想ありがとうございました。

17/08/08 霜月秋介

浅月庵さま、拝読しました。

性癖と黒板を結びつけるアイデアに脱帽しました。
でもチョークの粉は流石に体に悪そうですね(笑)
見事な作品でした。

17/08/09 浅月庵

霜月秋介さま

「黒板を舐めるのが好きな性癖」という
ところから考え始めたので、最終的に物語の
方向性は変わってしまいましたが、
そう言っていただけると、とても嬉しいです!
さすがにチョークの粉は、、、舐めたくないですね笑

ご感想ありがとうございました。

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