秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

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方針

17/08/03 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:325

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 その女児は、「世界最後の子供」として生まれた。
 人間の生殖機能が不全になり久しい。もう世界のどこにも、新しい子供は生まれない。
 現在12歳以下の子供は100人余り。この度ようやくその全員を世界中からかき集め、とある島に保護――隔離した。

「地球上で、子供はここにいる者がすべてだ。我々はこの子たちの育て方に重い責任がある。方針を決めなければならない」
 施設長が言った。
 ハゲで出っ歯の科学者が真っ先に発言する。
「我々は生殖を諦めるべきではない。この子たちを使いあらゆる可能性を探るのだ。人類の未来のために、実験対象と割り切って研究を急がなければ、今度こそ完全に手遅れになる。」
「なんてことを」と顎が尖った人権派の女が反論した。
「そもそもこんな島に隔離すること自体横暴な人権侵害です。今すぐ親元に帰し、自由に伸び伸びと生かしてやりましょうよ」
「伸び伸びと?」痩せぎすの軍隊長が喉を鳴らし笑った。
「あんた、どこで生まれた。世界各地で戦争が起きている。故郷に戻したが最後、犬死にするだけだ。ここで優秀な戦闘員を育てる。それが時代の理にかなった選択だ」
「それでは世界は変わらない」と髭も髪も伸び放題の宗教家が口を挟む。
「今、人間が生まれない代わりに、死ななくなっている。平均寿命は130歳。それでもまだ生きようと金にもの言わせて長寿をむさぼる強欲張りの多いこと。彼らが何を好むか。人間の子供です。だから、隔離が必要なのです。闇市で売り買いされないために。戦も長寿もすべては『欲』のせい。子供たちには『欲』を捨てる教育を施しましょう。それが世界平和への道なのです」
「たかが100人足らずで世界平和って」派手な顔立ちの教育者が鼻で嗤う。
「私たちが彼らでどうこうするのではなく、彼らが自分たちでどうこうできるよう育てるべきだわ。徹底的にありとあらゆる学問を叩き込むの。若いうちに脳を鍛えあげるのよ。天才秀才を育成しましょう。自ら未来を切り開けるように」
「スパルタ教育なんて過去の遺物を押しつけるのはやめなさい」人権派女がぴしゃりと吐き捨てた。
「子供たちには自由と希望を与えるべきです。元親に返すことが無理でも、せめてここで好きなことを好きなようにさせてあげましょう。たとえば芸術。音楽、絵、物語……、そういう分野に長けた心豊かな人間を育てましょう」
「あんたわかってないな。一旦島の外に出れば戦争だ。それが現実だ。音楽で銃弾を避けられるか?」
「争いに支配されてはなりません。今こそ欲も煩悩も捨てて無我の境地に、禅です、空(くう)です!」
「うるさいよ、宗教はややこしくなるから引っ込んでな。学問がすべてよ。生殖の研究も、戦争を止めるも勝つも、全部優秀な頭があってこそ。全部脳みその仕事」
「待ちなさい。いま考えなければならないのは、子供たちの未来以上に人類の未来だ。生殖器官が未発達の段階から研究しなければ間に合わない……」
「子供たちも人間です。こんな殺伐とした世の中だからこそ芸術が……」

 施設長は苦虫を噛み潰したような顔で黙り込む。
 子供の未来を憂えたとある大富豪の発案で勝手に世界中から子供をさらい集めたものの、集めてどうするか、という「方針」を決められぬまま「識者」に丸投げでこの有様だ。
 各国からは誘拐だと非難囂々。戦争が収まるはずもない。まったく、どう収拾をつければよいのだ。



 一方、島の保育棟では「世界最後の子供」が保育器で大切に生育されていた。
 人間はいない。すべて機械が管理している。
 「方針」検討中はぬけがけの育児や教育、躾は許されず、人工知能すら使用が認められていない。
 人間がかれこれ数ヶ月に渡り喧々諤々育児法を話し合っている間、その他100人の子供たちもまた、叱らず、教えず、関せず、という「仮方針」の下、機械に管理されている。生命に支障がない限り。


 「世界最後の子供」が1歳を迎えてもまだ方針は決まらず、100人の子供たちは野放し状態が続いていた。
 生まれ故郷と異なり、食べたいものを食べたい時にたらふく食べ、気が狂うほど遊びまくり、欲しいものがすべて手に入る。おまけに、命をおびやかすものもない。
 突如「大人」がいなくなった環境で世界はほぼ思い通りになり、やがてこの世はそういうものなのだと、子供たちは徐々に順応していった。 

 長い歳月を経てとうとう決定した、誰もが納得する完璧な育児方針。
 それがもはや通用しないほど、保育棟の中で混沌と濃厚な王国が出来上がっていることに会議室にこもった大人たちが気づくのは、間もなくのことである。


 島の様子を長らく見守っていた鴉が一羽、人類の滅亡を念じて短く枯れた声をあげた。


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