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セメント色の雷鳥

17/08/02 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:375

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「あの、来月から育児休暇をいただきたいのですが」
 燕野花子が申し訳なさそうに上司に申し出た。烏野太郎はパソコンの画面向けられていた黒い目を一瞬燕野に向けて光らせたが、すぐにパソコンの画面に戻した。そして、キーボードをたたき始めた。
「困ったな」
 烏野はそう言ったきりしばらくキーボードをたたき続けた。カタカタなるキーボードの音がいつ途切れるのかわからない。燕野は乾いた喉を唾で湿らせながら下を向いて待った。
 オフィスは昼休みの抜け殻だった。エアコンのカラカラした音とキーボードのカタカタした音だけがオフィス内にわざとらしく響いていた。
「旦那さんは何してんの?」
「今、巣を作ってます」
 烏野はキーボードをたたく手を停め、燕野を不思議そうな目で見た。
「今どき、巣!?もう猫も蛇も襲ってこないよ。古風だね、おたくは」
「はあ……」
 烏野はまたキーボードをたたき始めた。
「分譲住宅でも買えばいいじゃないか。一から巣を作るなんて時間の無駄じゃないか」
「はあ……」
「まあいいや。でもその原始人の旦那さんに抱卵も頼めばいいじゃない。そもそも抱卵機なんてそこら辺のホームセンターに売ってるけどね……」
「私たち、自分らで卵を温めようって決めたんです」
「困ったな」
「孵化した後もヒナたちのために狩りをしなくてはならないので」
「狩り!?」
 烏野はすべてを投げ出して、イスに寄りかかり、降参ってポーズをわざとらしくとった。
「餌なんてスーパーマーケットに売ってるじゃないか。ミルワームとかブドウ虫とか。狩りなんて、今どきね……、そんな原始的育児のために会社を休まれたら困るなあ。と言うか認められるとでも思ってんの?」
 燕野は、歴史の授業で習った、先祖の命が次々と烏に奪われていた時代の話を持ち出そうとしたが、この場で持ち出すのはなんかズルイと思ったのでやめた。
「抱卵機の温もりと親の温もりとは全然種類が違うんです。養殖された虫なんか食べても、過酷な渡りに耐えられる体なんてできません」
「飛行機で渡ればいいじゃない」
「私たちは飛んで渡りたいんです!」
 烏野は、首を振りながらため息をついた。いつの間にかキーボードがカタカタなっている。燕野は少しヒステリックになってしまったことを恥じた。
「とにかく、無理、以上」
 烏野は上着をとって立ち上がった。ランチに行くのだろうか。
「じゃあ、退職します」
 燕野の声がピシャリとオフィス内に響いた。烏野はクルリと向きを変えると急いでデスクに戻った。
「おいおいおい、困ったな。それは極端すぎるよ、燕野君」
 燕野は下を向いていた。
「……」
「……」

「あ〜十六穀ごはん、おいしかた〜」
 雀野チュン子がオフィスにもどって来た。
「あれ、どうしたんです〜?怖い顔して。やだあ」
 ピンク色の声と同時にエアコンの音が燕野の耳にもどって来た。
「雀野君、君からも言ってやってよ。燕野君が辞めたい、って言うんだよ」
「えっ!?せんぱ〜い、やだ〜、どうしたの、先輩?」
 雀野がピーチクパーチク飛んできた。燕野は雀野にそっと背を向けた。
 黙ってる燕野の代わりに、烏野が燕野の育児方針をかいつまんで説明した。夫と決めた純粋な育児方針も、雀野の耳に入ることによってけがれていくのを燕野は感じた。
「え、古っ!最近は親の温もり搭載の抱卵機もあるし、オーガニックの餌もありますよ。しかもネットで買えるし、家まで黒猫が運んでくれるんですよ……そうだ、今ググりましょうか?」
「うん、是非そうしてくれたまえ」
 烏野が雀野のスマホをのぞき込んだ。
 古っ、か……。
 燕野は、カーカーピーチクを無視して窓の外を眺めた。
 窓の外には、セメント色の雷鳥がヒナと一緒にポーズをとっていた。その周りで腕章をつけた人間共が群れになって写真を撮っていた。
 燕野は、なんだか信じようとしていたものを信じ続けることに疲れを感じた。いや、信じ続けることができるかどうか不安になって来たのかもしれない。セメント色の雷鳥のように器用に色を変えて楽して生きるか、伝統的な育児手法を盲目的に信じるかの二択を突き付けられているような気分になった。
 燕野は空腹を感じた。
 原始的育児のプロセスをブログにしてみようかしら。ちょっとは小遣い稼げるかな、なんてことをセメント色の雷鳥を見ながら、燕野は思った。


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