1. トップページ
  2. 砂浜の黒板

かわ珠さん

自分の好きな作家さんの言葉のチョイス、並べ方、区切り方、リズム、テンポに少しでも近付けるような文章が書けるようになりたいです。

性別 男性
将来の夢 世界平和
座右の銘 愛は時空を超える

投稿済みの作品

2

砂浜の黒板

17/08/02 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 かわ珠 閲覧数:173

この作品を評価する

 僕の学校のすぐ近くには海がある。そこに僕はクラスメイトと一緒に来ていた。
 理由は特にない。彼女とは帰る道が同じ方向だし、一緒に帰る途中、この砂浜でちょっと話をしていくこともよくあることだった。話の内容も、特別なことはない。最近できたカフェのチーズケーキが美味しかったの、と彼女が話せば、昨日のサッカーは凄い試合だった、と僕が話す。その程度の何の変哲もない平凡な会話だ。けれども僕は、こんな時間が嫌いではなかった。彼女と話をしている時間はとても心地いい。
「ねえ、知ってる?」
 と、彼女は訊ねる。
「なにを?」
「黒板って、なんで黒板て言うのか。ぜんぜん黒くなんかないのに」
 そう言われて、確かにそう言われればそうだ、と僕は考える。黒板は黒くない。むしろ、黒とは真逆の白だ。
「黒板ってね、前前前世紀にはもうあったんだって」
「前前前世紀って……1800年代にはもうあったってと?」
「そうだよ。で、その時には本当に黒い板だったんだって。で、その黒板に、白いチョークっていわれる……ペンみたいなもので直接書き込んで、で、消してまた書き込む。そして、最後には消す。そういう風に使っていたんだって。黒板っていうのは、その時の名残なんだよ」
「へえ、そうなんだ」
 彼女のうんちくに、少し感心する。今の黒板は真っ白だ。
 そこに文字や文章、図を立体的に投影し、先生がそこに直接捕捉を書き込んだりする。黒板に映し出されたものは、そのままの状態で端末に取り込み、保存できる。書き漏らすことはないし、半永久的に失われることもない。とても効率的で便利だと思う。
「とても素敵じゃない?」
 と、彼女は微笑む。けれども、僕にはその意味がわからなかった。
「素敵?」
「うん。卒業式とか文化祭、体育祭なんかのイベントがあったりしたら、その黒板にみんながいろんなコメントを書いたりしたんだって」
「それは僕たちもするでしょ。なにかのイベント前にみんなでコメントを書きあったり」
「でも、それは書き終えた後に端末に保存されるでしょ。半永久的に劣化することのない記録《データ》として残り続ける。でも、昔の黒板に書かれたメッセージは大抵、次の日には消されてしまう」
「消えてしまうのが素敵なことなの?」
「そうだよ。昔の黒板に書かれたメッセージは記録としてではなく、記憶に残り続ける。記録は変化しない。でも、記憶は時が経つにつれて輪郭がぼやけて変化していく。そして、それは大抵美しく装飾されていく。なんでも完璧に記録する今の時代にはなかったものだよ」
 確かに、幼稚園の頃に憧れた女の先生は今、端末から画像を見返してみると、特別美人というわけではない。けれども、記憶の中では彼女はとても輝いている。そして、そんな風に思い出を記憶から振り返る機会は今では少なくなっている。大抵の出来事は記録され、いつでも見返すことができる時代になったからだ。克明に、鮮明に、記憶が装飾される隙間もないほどに。きっと、彼女はそういうことを言いたいのだろう。
「消えてしまうからこそ、美しいものが、この世の中にはある。そして、それは何でも完璧に保存してしまう今よりも、昔の方が圧倒的に多かったと思うの。私は今は普通にただ高校に通っているだけかもしれないけれども、大人になってから振り返ったときに、この何気ない日常を美しかったと思いたい。そして、そういう風に記憶を装飾するためには、あんまりなんでもかんでも記録に残すのは良くないと思うんだ。私はね、記憶を美しく飾るために、あんまり記録を残したくないんだよ」
 そう言って、彼女は砂浜に落ちていた棒切れを一本拾い上げた。そして、打ち寄せる波のギリギリまで寄って、砂の上に文字を書く。
「今日は満ち潮だからね。これからどんどん波が高くなってくるよ。ここが私の黒板。ここにこうして書いた文字は波にさらわれて消えていく。残るのは、私と君の記憶の中だけだよ」
 彼女の書いた文字を覗いてみる。そこに書かれていたその文字を見て、僕の心拍が跳ね上がった。そこにはたった二文字だけ『スキ』と書かれていた。
「ねえ、君の答えは?」
 と、彼女は僕に棒切れを渡す。
 知っていた。彼女が僕に好意を抱いていたであろうということは。ただ、こんなに唐突に切り出されるとは思わなかった。けれども、ここでなにも返事をしないのはきっと間違いだということくらいはわかる。
 その棒切れを持って僕は彼女の隣に行き、『スキ』の文字の横に三文字の言葉を書く。
 彼女の顔を見るのが怖くて、僕は足元の文字を眺める。
 きっと、あと数分で消えてしまう砂の黒板。
 二人の記憶だけに残る文字。
 今から何年、何十年か先にこの記憶が美しいものとして残っているのだろうか。
 ゆっくりと彼女の顔を見る。
 その頬を、一筋の涙が伝っていた。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス