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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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黒板に導かれ掴んだ未来

17/08/01 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:0件 ちほ 閲覧数:164

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僕の記憶に『弟が生まれた夜』が強烈に残っている。
    ◇
<6歳の貴方は、父上様に命じられて狭い一室に軟禁状態にありました。そして誰とも口をきいてはならない、とも命じられていました。マロリー家の長男として生まれたけれど、望まれた命ではなかったからです。母上と愛人との間に生まれた子だったそうです。父上様は、自分にまるで似ていない貴方を憎みました。次に生まれる子が妹であれば、貴方のような立場の子どもでも世間に公表して跡継ぎに据える必要が出てくるけれど、弟ならば貴方の命はありません。父上様は、貴方への同情からの脱走の手助けを危惧して、全ての使用人に貴方と口をきくことを禁じました。閉じ込められた一室で、暖炉にあたりながら、貴方は読書に没頭して日々を暮らしていました>
と、いま目の前にいる中年の女性が教えてくれた。僕の恩人で、父上の傍近くに仕えている者である。
<ノックする音に、貴方は飛びつくようにドアに駆け寄りました。わたしがドアの下から、携帯用の黒板を滑り込ませると、貴方はいつも『パン、水、たまご』わざとそれだけ書いて寄こします。それに対してのわたしの返事は『牛乳、肉、野菜。これくらいは食べなさい! 他に入用な物は?』。いつものことです。貴方の押し殺した笑い声がきこえてきて、こちらも笑いをこらえていました。貴方はわたしの顔は知りませんでした。でも、いつも入用な物として『手』と書いて黒板を寄こしてきました。わたしは、食器取り出し口から右腕を差し入れます。貴方は、わたしの右腕を夢中で抱きしめて……哀れでした>
    ◇
 弟が生まれるかもしれない夜に──僕の記憶は、ここから始まる──眠ってしまえるだけの図太さは、さすがに持っていなかった。部屋に、色鮮やかな光が爆発したように飛び込んできた。夜空に綺麗な光の花が咲いていた。弟が生まれた祝いの花火だった。
 ドアをノックする音がし、いつもの黒板が滑り込んできた。それを手にしてすぐ「離れていてください!」と女性の力強い声がした。黒板を胸に抱いて窓際まで退くと、ドアは斧によって打ち破られた。
 現れたのは、浅黒い肌の中年の女性だった。彼女は斧を捨てると、脇に置いていた子ども用の毛皮のコートを僕に着せる。彼女の右手首の腕輪が、この女性の正体を僕に教える。彼女は右手で長いスカートをたくし上げ、左手で僕の手をしっかりと握った。温かくて大きな手をしていた。
「逃げますよ」
 誰もいない寒い廊下を、足音を響かせないように駆けていく。裏庭を通り、裏門へ走る。満月も出ているので、真夜中とはいえ明るい。裏門から出ると正面の森に入った。森を出た先に、4頭立ての豚ぞりが用意してあった。『雪鈴豚』という牛よりもまだ大きい豚に似た生き物で、この世界で唯一空を飛ぶ。ところで僕は、携帯用の黒板を胸に抱えていた。何かが書かれているはずだが読む暇などなかった。
「急いで乗ってください」
 彼女は、早口に言う。言われるままにそりに乗り込み、そして彼女に腕を差し伸べた。だが、彼女は悲しそうに首を横に振る。
「わたしは行けません。あなたの父上様に仕えている身なのです」
 マロリー邸の警備の者が追ってきた。5人? いや、もっといる! 銃声がきこえた。その音に驚いて、豚ぞりは一気に夜空へ駆け上る。彼女が、暗い森の中へ逃げ込んだのが空から見えた。僕は、抱きしめていた黒板に目を落とす。
『あなたは必ず幸せになれます』
 彼女の優しい言葉に、僕は彼女の無事を祈るしかない。不安な気持ちを抱えながら、もう一度黒板に目を落とすと、つるりとした表面を月光が照らし、何かを映し出した。僕は、息を吞んだ。

 あれから20年後の今日、領主館で彼女と再会した。正直、僕は彼女の助言と導きで、現在リンブルグ地方の領主をやっているようなものである。あのとき月光に照らされた携帯用の黒板には、リンブルグ村への地図と逃げ道と隠れる場所。村にいる協力者の潜む場所と彼らの名前。その際の合言葉などが、事細かく書かれてあった。多くの者が、長い年月をかけて僕を救うチャンスを狙っていた。
「それが、ユキヤ・ルーテッド・フィ・マロリー様の当時の価値というわけです。当時6歳でしたが、軟禁状態に置かれても貴方には国を治める才がありました。黒板での貴方からの指摘があまりにも的確で……覚えてはいらっしゃらないようですけれど。弟君が生まれても、貴方の人気は陰ることはなかった。貴方の父上様は、貧しい村に存在価値はないと、リンブルグ村を見捨てました。村人が怒るのも当然のこと。その村を、貴方はここまで豊かに育て上げましたね」
 弟の訃報を伝えに来た彼女は、いまや50代。彼女は、楽しそうに聞いてきた。
「マロリー家を継ぎますか?」
「断る!」
 彼女は、満足そうに微笑んだ。


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