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W・アーム・スープレックスさん

性別 男性
将来の夢
座右の銘 作者はつねにぶっきらぼう

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チョークペインティング

17/08/01 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:2件 W・アーム・スープレックス 閲覧数:201

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 昼の休み時間になると、夏也は黒板に向って、せっせとチョークをはしらせた。
 たちまち黒板の上に、クラスの生徒の顔が浮かびあがった。彼はそれからも次々と、クラスメートたちを描きつづけた。それはじつにリアルで、陰影もまた巧みで、なかなかどうしてチョークひとつでよくここまで描けるものだと目をみはるほどの、素晴らしい出来栄えだった。
 しかし教室のみんなは、絵には感心するものの、それの作者の夏也のほうにはちっとも関心をむけなかった。
 夏也は、クラスでもビリにちかいほど勉強ができない、おまけにひとつもかわいらしいところのない生徒だった。勉強ができなくてかわいらしくなくても、人から好かれる生徒はいくらでもいたが、彼の場合は、なぜかみんなからきらわれ、それどころかみんなからいじめられる存在だった。勉強ができなくて、かわいらしくなくって、そのうえ彼は勇気ももちあわせていなかった。やりかえすだけの気力のある者にたいして、だれがいじめたりするだろう。やりかえさないものだからみな、いい気になって彼をいじめた。消しゴムを投げつける、教科書を隠す、彼の肉体的な特徴をさんざん揶揄し、おまけに彼の家族のことまでばかにした。
 彼が昼休みに黒板に絵をかくのも、そのときだけはほかの連中も、彼をいじめようとしなかったからだ。自分の顔が、黒板上に再現されるのをみるのは、わるい気持ではない。女の子たちは、互いを指さし、歓声をあげている。こんなにみんなを魅了するチョーク絵がかけるのに、夏也は誰からも好かれることなかったので、学校で過ごす毎日がいやでしょうがなかった。
 ドアがあいて、ふだんより早く担任の中村先生がはいってきた。いつもなら、先生がくるまえに黒板を消しておくのが、そのために消すことができずに夏也は、チョークを手にしたまま、その場にたちつくした。
 中村先生はのっそりと、こちらにちかづいてきた。生徒同様、先生からも嫌われていると思い込んでいる夏也なので、このときもてっきり、頭ごなしにどやしつけられるか、もしかしたらひっぱたかれるのではと怯えた。
 先生は黒板をちらとみやると、
「………笑い声がきこえてこないな」
 夏也は、消しかけたチョーク絵に、あらためて目をやった。たしかに、黒板の中の生徒たちの顔のどれひとつをとっても、そこに笑いはなかった。夏也は彼なりに、その理由を理解していた。笑いはじぶんのなかのどこを探してもなかった。なのに、他の生徒の笑顔が描けるわけがなかった。中村先生は夏也が黒板を消すのをまってから、おもむろに国語の授業をはじめた。
 授業のあいだ夏也は、中村先生からいわれた、笑顔のことを考えていた。それに関連して、父哲平のことが思い浮かんだ。工場勤めで毎日、残業で疲れて帰宅する哲平は、しかし家ではひとつも疲れたそぶりをみせなかった。いつも、笑っていた。帰りのおそいことや稼ぎのすくないことを母親からなじられたり、また夏也は夏也で、親から欲しいものをなんでも買ってもらう友達をひきあいにだして、なにがおもしろいのかへらへら笑っている父を心で批難した。
 それでもすぐに思いだせるのは、哲平の笑顔だった。
 翌日の昼休み、他の生徒たちが彼をないがしろにして談笑しているあいだ、夏也はひとり、黒板にむかって生徒たちの顔を描いていた。
 父親を思いながら描いていると、生徒たちのこわばった表情が、不思議と和らいできた。彼は昨夜、帰宅した哲平を、それとなく観察した。しんどい工場作業で、心身ともに疲弊しきっているはずなのに、そんなことをちっともにおわさない微笑が、その表情に宿っていた。
 夏也には父が、優しい性格で、人と争うのがいやで、他人の仕事の遅れを手伝うあまり、連日の残業になることをしっていた。人のいいのにつけこんで、利用されることもすくなくないと母がぐちっているのをきいたこともある。それでも父親は、いやなことなどこれっぽっちもないのだといわんばかりに、笑っていた。
 その父の笑顔をおもいだしながら、生徒たちを描いていると、背後から笑い声がきこえだした。描かれた生徒たちは、黒板のなかの笑顔のじぶんをみて、つられるように笑い出したようだった。笑い声はあちこちからおこり、それはしだいに大きくひろがっていった。
 夏也は背中に、温かいものを感じた。それはこれまでの、嘲笑や軽蔑の笑いを浴びせられたときに感じる冷え冷えとしたものとはまるで正反対のものだった。
 そのうち夏也じしん、なんだか楽しくなってきた。そしていまになって、勤めから帰宅した父親が、どうしてあんなに笑えるのかがわかったような気がした。楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるのだ。そのうち教室中が明るい笑い声にみたされたころ、中村先生がはいってきて、先生もまたわけなど考えずに笑いだした。


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このストーリーに関するコメント

17/08/08 浅月庵

作品拝読させていただきました。
夏也の心境の変化、父の笑顔を思い浮かべてからの
心の流れが、丁寧な描写で上手いなと感じました。
これからの生活に希望の光が差すことを
予感させてくれる良作でした。

17/08/08 W・アーム・スープレックス

浅月庵さん
書いていただいたコメントを読み、自作をあらためて追体験でき、また新たな発見もできました。
夏也的な要素を幾何かもった私が、チョーク絵ならぬ創作で周囲にアピールしようとしているといったら、できすぎた話になってしまいますね。私自身にとっても、希望の光となるようなコメントを、ありがとうございました。

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